INCLUSIVE DESIGN Talk|株式会社Ashirase 千野歩
インクルーシブデザインの第一線で活動するゲストと PLAYWORKSタキザワが、インクルーシブデザインの価値や可能性について、対談形式で探究する「INCLUSIVE DESIGN Talk」。今回は、視覚障害者向け歩行ナビゲーションシステム「あしらせ」を開発・販売している、株式会社Ashirase 代表取締役 千野歩さんにお越しいただき、あしらせを開発する上での工夫や苦労、実際に体験したユーザーの声、今後の展望など伺いました。
足元の“振動”から、歩く“楽しさ”を伝える。視覚障害者と共に作り上げる「あしらせ」開発秘話
視覚障害者の“日常に溶け込む”プロダクトを目指して
タキザワ:まずは「あしらせ」について、簡単にご紹介をお願いします。
千野:「あしらせ」は、靴に取り付ける振動インターフェースを用いた視覚障害者向けの歩行ナビゲーションシステムです。スニーカーや革靴などに振動インターフェースを取り付け、アプリで目的地を設定します。実際に歩くと足に伝わる振動のテンポや部位から、歩くべき道の方向性や曲がり方までの距離感などをお知らせします。あしらせを通じて“行く必要のある場所” にも、“あえて行く必要のない場所” にも、気ままに一人で行こうと思える自由と楽しさを提供しています。
このプロダクトを開発したきっかけは、目の不自由だった親族が歩行中に足を踏み外し、川に落ちて亡くなってしまうという悲しい事故からでした。センサーや通信を使えば安全な歩行を実現できるのではないかと思い、個人で活動を開始しました。その後、勤務していた本田技術研究所の新規事業プログラムに応募し、スタートアップ事業として採択され、現在はホンダ発のスタートアップとして「あしらせ」の開発・販売に取り組んでいます。
タキザワ:2023年1月から3月にかけて、クラウドファンディングも実施されていましたよね。
千野:はい。3月以降からクラウドファンディングのリターンとして、支援者にあしらせの先行販売モデルをお届けしています。 僕たちとしては初めてのプロダクトなので、支援者である視覚障害者の方に試していただき、「使い続けてもらえるか?」「品質は問題ないか?」などの検証に活用したいと考えています。というのも、日本の道路は100万キロ以上あり、かつ複雑な形状の道であることも多いんです。社員十数名で全ての道路を網羅することは、ほぼ不可能です。あしらせの支援者を巻き込んで、一緒にナビゲーションの品質向上はもちろん、製品をより良くしていきたいです。
タキザワ:ありがとうございます。僕もクラウドファンディングのリターンが届いたので、早速1週間くらい使ってみました。率直な感想を述べると、ある程度使いこなせるようになるまでは慣れが必要だと感じますが、慣れたらすごく便利ですね。
千野:そうですね。当事者の方からも同様の意見をいただいています。どうしても音声で情報を伝えることはできないので、体で覚えるための習熟期間が必要になってしまうんです。振動のパターンを覚えるなど多少の煩雑さはあるので、どうしたら習熟が早く、かつ安全な歩行に集中できるかについて、ブラッシュアップが必要だと考えています。
タキザワ:なるほど。僕は普段Podcastを聞いたり、考え事をしたりしながら歩いているので、よく道を間違えるんですよね。でも、あしらせを付けて歩いていると、「ビー」と振動で教えてくれるんです。それがすごく便利でした。
千野:ありがとうございます(笑)。
「行けたらいいな」を「行けた!」に変える
タキザワ:プロダクト開発において、こだわったところはありますか?
千野:視覚障害者が利用しやすく、かつ生活の中に溶け込めるインターフェースにこだわりました。実は最終的なアイデアの一つに、腰回りからナビゲーションする「こしらせ」も考えていて。ただ、視覚障害者の生活を踏まえると、家の中でベルトのようなものをつけ外しする手間や動作を考えると、日常生活に余計な負荷をかけてしまうのではと思ったんです。一方で、靴に取り付けられるものであれば、脱いだり履いたりする日常動作で済みます。週1回程度の充電であれば、取り外しもそこまで大変ではないと考え、「あしらせ」にたどり着きました。もちろん今よりも良い方法があれば、ピボットしていくことはポジティブに捉えています。
タキザワ:弊社PLAYWORKSも、視覚障害者と一緒にものづくりをするプロジェクトを複数おこなってきました。ただ、自分たちがどんなに当事者のことを理解したつもりになっても、本当に理解できているのは一部だけだと感じることは多いです。一方で晴眼者だからこそできる部分もあると感じていて… そういったことを考えた経験はありますか?
千野:そうですね。視覚障害者といっても、人によって症状は様々で生活スタイルも多様です。ただ比較的、行動範囲が限定的である方が多いように感じていて。もしかしたら、あえて行かないような場所にも足を運べるようになったら、もっと楽しいのではないかと思っています。実際にあしらせを体験した方からこんなお話をいただきました。「以前までは、自分はどこにでも行けると思っていたが、実は仕事や病院など “行く必要のある場所” まで歩いていただけでした。コンビニに寄ったり、美味しいラーメン屋に足を運んだり、と “あえて行く必要のない場所” は避けていたことに気づいたんです」と。あしらせを通じて新しい場所に行こうと思ってもらえるのは、すごく価値のあることだと印象に残っています。
タキザワ:たしかに、当事者のヒアリングを通して明確な課題や要望は出てきやすいですが、本人がイメージしていないことを汲み取って、想像を超えた価値を提供できたら素晴らしいですね。
千野:ある視覚障害者の方は「キャバクラに行ってみたい」と言っていました。そういった声をヒントに、例えば「芝居の鑑賞はどうだろうか」などと思考の幅を広げてみる。そこから価値を整理し、コンセプトに落とし込んでいくことが大切なのかもしれません。
タキザワ:様々な視覚障害者と共にプロダクト開発を進めていると、どこかのタイミングで機能の取捨選択に迫られる機会があると思います。そこに対して、どのような姿勢で取り組んでいますか?
千野:もちろん一人ひとりが望む機能を提供し、満足いただけることが理想です。ただ、現実はそうもいきません。そこで、利益追求を一つの軸に置いています。というのも、「利益が上がる」ことは、ユーザーに満足してもらえることと等しいからです。その結果、社会をより良くすることに貢献できていると自信を持てると考えました。ターゲット選定や開発期間、投資対効果などをシビアに見定めている他、「こういう人と一緒に仕事をしたい」「この人のために頑張りたい」というウェットなモチベーションも大切にしたい。それらを総合的に捉えた上で、機能の取捨選択を行っています。
自分らしく生活できる社会を“あしらせ”で創る
タキザワ:先行販売モデルを体験された方からの反響はいかがですか?
千野:思いの外、全盲の方からの評判がすごく良くて、嬉しかったですね。毎日使ってくださる方もいれば、こまめにメールでレポートしてくれる方もいて。良かった点や改善点などの意見を踏まえて、日々エンジニアと議論しながらアップデートに取り組んでいます。
タキザワ:今は視覚障害者の方にあしらせをたくさん使ってもらい、データを集めている状況かと思います。今後の展開は?
千野:持続的に製品を提供し、社会を変えていきたいです。そのためには「本質的な価値を提供していくこと」「ビジネスとして収益化に成功すること」の2つに注力したいと考えています。また、視覚障害者向けの製品の多くは高額で販売されており、補助金を活用して購入するケースが多いと思います。ただ、補助金の負担を受けられるプロダクトの開発に取り組もうとすると、開発スピードが落ちてしまうんです。さらに、ユーザーが購入する際にも手元に届くまでに2、3ヶ月かかってしまうので、補助金がなくても手に届く金額でプロダクトを提供できないかと考えています。ゆくゆくは、日本国内のみならず、先進国や新興国でもプロダクトを展開していきたいですね。
タキザワ:あしらせの技術を活用した新しいプロダクトやサービスの提供は考えていますか?
千野:考えていないわけではありませんが、今はあしらせに集中したいと考えています。もちろん過去には、あしらせの技術を応用することを検討した時期もありました。例えば、姿勢が悪くなったら「姿勢が悪いですよ」と振動で知らせてくれる機能や、健康にいい歩幅で歩けるように振動で伝えてくれる機能など。
他にも、投資家や事業会社から「ヘルスケアや高齢者の市場に向けてプロダクトやサービスを展開してみては?」とお話をいただくこともあります。ただ、今はエンジニアとしてあしらせの開発にチャレンジしたい気持ちと、起業家として難易度の高い視覚障害者向けビジネスの成立に力を注ぎたいという思いがあるため、まずはあしらせを成功させることに挑んでいきたいです。
“ビジョンドリブン” でインクルーシブな社会をデザインする
タキザワ:熱い想いを伝えていただき、ありがとうございます。続いて、タキザワとの壁打ちコーナーにいきたいと思います。テーマをいただけますか?
千野:少し大きなテーマになってしまいますが、インクルーシブなビジネスやプロダクトを世の中に広める上で、タキザワさんがいま課題に感じていることをお聞きしたいです。また「インクルーシブ」という言葉から連想するイメージについて、社会とタキザワさんとの間でどのようなギャップが存在しているかに関しても教えてください。
タキザワ:なるほど。難しいテーマですね。大きな社会動向としては、SDGsとして掲げる「2030年までに『誰ひとり取り残さない』持続可能な経済社会システムを作り上げる」に伴って、これまで後回しになりがちだった障害者などへの合理的配慮や障害者雇用への取り組みは、多くの企業にとって喫緊の課題となっています。そんな中、インクルーシブデザインのアプローチが注目されています。
しかし、インクルーシブデザインで新たなビジネスにチャレンジする企業や、インクルーシブデザインを実践できるスキルやノウハウを持った人材はまだ少なく、表面的な活動にとどまってしまっている印象です。PLAYWORKSは、様々な大手企業からインクルーシブデザインに取り組みたいと相談を受けますが、「やらなければいけないが、なにをやったらいいか分からない」という義務のスタンスが多く、「インクルーシブデザインで障害者と一緒に新しい価値を生み出したい!」というマインドの企業はほんの一部だと感じています。
千野:先進国では、インクルーシブデザインを取り入れた活動が日本より進んでいるんですか?
タキザワ:PLAYWORKSではインクルーシブデザインの世界の事例についてリサーチをしていますが、世界的に見ても成功事例は少ないと感じています。やはり「社会課題」と呼ばれるものは、簡単には解決できないからこそ課題として残り続けています。僕自身は「社会課題は決して解決できない」と考えています。解決できないかもしれないけど、それでもチャレンジし続けるマインドや姿勢が問われる。一つの企業では解決できないからこそ、同じ志を持つ企業たちが連携し、一緒にチャレンジする活動も求められてくると思います。
千野:なるほど。ただ、どのような企業と一緒にチームを組むかは、すごくセンスが問われますね。現在、あしらせのような足元に着目した歩行ナビゲーションシステムに取り組んでいる競合はほとんどいません。基本的に自社で活動しているので意思決定がスムーズですが、仮にナビゲーションサービスを提供している企業と一緒に商品開発に取り組んだ場合、もしかしたら議論が前に進みづらかったり、自由に動くことが難しかったりと苦労する面もあるかもしれません。プロダクトに明確な正解がない中で、方向性をどのように取りまとめていくか、主導力が問われる気がします。
タキザワ:そうですね。大前提として、実現したい社会のイメージやビジョンが共有できていないと難しいと思います。その上で、ビジネスとしても利益を出していく。インクルーシブな社会を実現するためにはビジョンドリブンでスタートし、共感できる仲間を巻き込みながら価値を創出し、その価値をビジネスとしてデザインしていく。このビジョンとビジネスの両立を、本気でチャレンジすることが大事だと思います。
千野:まずは、社会的な価値を作ることが優先ですね。あしらせも、まず社会的価値を作り込み、それをビジネスとして展開することができれば、何でもできる気がしますね。
タキザワ:本当にそう思います。千野さんの今後のチャレンジに期待しています!
千野:こちらこそ、学びの多い時間となりました。今日得られたことは、今後に活かしていきたいです。ありがとうございました!
PLAYWORKS : INCLUSIVE DESIGN channel
https://www.youtube.com/@playworks-inclusivedesign
INCLUSIVE DESIGN Talk|株株式会社Ashirase 千野歩