INCLUSIVE DESIGN Talk|グラフィックデザイナー 桑田 知明

PLAYWORKS INCLUSIVE DESIGN TALK グラフィックデザイナー 桑田知明 さわる文化をデザインする。

インクルーシブデザインの第一線で活動するゲストと PLAYWORKS タキザワが、インクルーシブデザインの価値や可能性について、対談形式で探究する「INCLUSIVE DESIGN Talk」。今回は視覚以外で情報共有する手法を研究している、グラフィックデザイナーの桑田知明にお越しいただきました。触覚のデザインやワークショップなど、多岐にわたる活動の詳細・背景について詳しくお話を伺いました。

さわる文化を デザインする。

視覚と触覚の可能性を拡げる、デザイン手法の研究

 

タキザワ:まずは簡単に自己紹介をお願いします。

桑田:京都を拠点に活動している、グラフィックデザイナーの桑田知明です。ほかにも京都市立芸術大学 総合デザイン専攻の非常勤講師も務めていまして、同大学の博士課程も卒業しています。
現在も研究を続けていて、テーマは「視覚と触覚による情報伝達の関係を探る」ことで、視覚と触覚それぞれ依拠している人が世界の認識を広げる可能性をもつ、新たな情報伝達デザインの手法を研究しています

タキザワ:デザイナーとしては、どのような活動をされているのでしょうか?

桑田:活動は大きく分けて3つあります。「さわる絵本の制作」「点字と触図のツールデザイン」「さわるワークショップ企画」です。今日は、さわる絵本の制作を中心にご紹介できればと考えています。

桑田:2011年に作った最初の作品が『はっぱ』です。その後、試行錯誤を重ねながら2024年までに8作品を発表しています。さわる絵本の制作により、見ることと触ることの関係性・役割を考えるようになりました。具体的には、視覚優位の分野に対して、触覚というものが新たな可能性・発見をもたらすのではと考察するきっかけになったんです。

タキザワ:さわる絵本について詳しく紹介してもらえると嬉しいです。

桑田:それでは『はっぱ』と『Distance』の2冊についてお伝えしますね。まず『はっぱ』ですが、こちらはすごくシンプルなつくりで、茶色と緑色を使った視覚的にわかりやすい作品になっています。

 

桑田:文字情報は一切ありません。茶色の本のページをめくると「枯れた葉」の音がするんですね。一方で緑色の本は、若葉の少し「潤いのある葉」の音が聞こえてきます。作った目的もシンプルで、自分自身が視覚情報に頼らずに情報を得る体験をしてみたいと思ったことが動機でした。この時の経験が、以降のさわる絵本制作の基礎となっています。

タキザワ:『Distance』はどのようなコンセプトなのでしょうか?

桑田:こちらの本はポップアップ形式を採用しています。日本では一般的に、飛び出す絵本と呼ばれていて、ページをめくると折りたたまれた構造物と絵が本から飛び出してくる仕掛けになっているのが特徴です。
ただし『Distance』の場合は、ゆっくりと情報展開をするようにデザインされており、視覚に頼ることなく触覚で情報を伝えることを意図しています。
本の構造としては、ページの中に折り筋の入ったピースがありまして、それを手で折り起こして組み立てると、立体物になる仕組みです。2つの三角形を掘り起こして、距離を触ることで想像(物語)が展開していくことから『Distance』と名付けました。

 

桑田:この2冊は「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」に出展していまして、2024年8月現在も全国の美術館を巡っている状態です。

タキザワ:絵本のコンセプトはそれぞれ異なりますが、どのような発想でアイデアが生まれたのでしょうか?

桑田:『はっぱ』を制作したあと、過去に経験した思い出や記憶を、触覚体験によって引き出すことができるのではと手応えを感じた瞬間があったんですね。そこで、触るという手法にもとづいた作品は何かないかと考えた時に、ポップアップの発想が浮かびました。
白と黒で構成されたピースなのは、弱視の方にとってもはっきりと情報を明示したいという考えがあったからです。また、紙の手ざわりにも白と黒でそれぞれ違いを出しているので、触るだけでも情報が得られる仕組みになっています。

タキザワ:とても興味深い取り組みです。そもそも「触覚」に興味を抱いたきっかけは何だったのでしょうか?

桑田:大学のビジュアルデザイン専攻に所属していた2011年当時、視覚情報を用いて何か新しい表現ができないかと模索していた時期があったんですね。その時に「触覚」に注目をしました。ビジュアルデザインは非常に完成度の高い分野で、視覚だけに頼っていては既存の枠を超えた表現をするにも限界があります。そこで、触ってみた感覚に意識を向けることで表現の可能性が広がるのではと考えました。

 

表現手法に限界を感じ、博士課程へ

 

タキザワ:さわる絵本の制作のほかに、「さわるワークショップ企画」という活動もされていますよね。これはどのような背景から生まれたのでしょうか?

桑田:大学の学部を2014年に卒業したあと、少しの間だけ会社員をしていたことがあったんです。その時に携わったのが、水族館でのワークショップ企画でした。自分と相手の同じところ・異なるところを共有し合ってお互いを知る体験が面白くて、自分もワークショップを活用した場の提供を考えるようになりました。
現在はGraphic design unit「Kuwa.Kusu」での活動を通して、新たな気づきの場をつくるお手伝いをさせていただています。

タキザワ:最初は会社員で、グラフィックのお仕事ではなかったんですね。

桑田:そうなんです。会社員を辞めたあとにデザイン制作会社に入りまして、そこでの経験をもとにデザイナーとして独立しました。その後の経歴として、しばらくは今も継続している制作研究とデザインの仕事を並行していたのですが、2020年にもう一度大学に入ろうと思い、京都市立芸術大学の博士課程へと進みました。

タキザワ:それはどのような背景から?

桑田:グラフィックデザイナーとして、モノや形を使った表現でコミュニケーションを取り続けてきた中で、それだけでは限界があることに気づいたんです。言葉や文字を使うほうが得意な方もいるわけで、もう少し自分が考えていることを言語化したいと思いました。
どうせやるなら本腰を入れて論文にまとめようと考えまして、そのときのテーマが『視覚と触覚による情報伝達デザインの研究-触る(さわる)デザインと触れる(さわれる)デザインの制作-』だったんです。
当事者の視点で、視覚と触覚の可能性を広げることに寄与できないかという思いから、現在もこのテーマで探求を続けています。

 

「さわる」を前提にしたデザインを心掛ける

 

タキザワ:これまで精力的に活動を続けてきた桑田さんですが、これまでに影響を受けた人がいればぜひ教えてください。

桑田:もっとも影響されているのは、国立民族学博物館(大阪府)准教授の広瀬浩二郎先生です。2009年に発表された「触常者宣言」の中で先生は、「見常者と触常者」という言葉を使われています。情報の取得を視覚に依拠している人を見常者、触覚に依拠している人を触常者と表した言葉です。

 

桑田:私自身があまり障害者という表現を好んでいないこともあり、感覚の優位性によって言葉の差異を説明するこちらの表現を意識的に使うようになりました。私は広瀬先生ほど視覚文化に深く踏み込んでいる方はいないと思っていて、ワークショップで提案した内容に「これで良かったのか」と思い悩むことがあった際には相談をするようにしています。

タキザワ:今のお話を聞いて思い出したことがあります。弊社でもリードユーザーに入ってもらってワークショップを開き、新製品開発などに向けたアイデア出しをしてもらう機会があるんですね。
ある時、リードユーザーから「自分のために一生懸命にアイデアを考えてくれているので、違和感があっても意見を言いづらい」という感想をもらったことがありました。
場のつくり方として、障害のある方に対して困りごとをどうにか解決しようとすると本音が言いにくくなってしまうのだなと気づきがありまして、以来、改めて関係性をどうデザインするかを慎重に考えるようになりました。

桑田:本当に入口から問われてくる問題ですよね。話をどのように進めていきたいかは全員に正しく共有されている必要がありますし、それをすることなくワークショップを続けたとしても良いアイデアが突然降ってくるわけでもない。そこの難しさはありますよね。

タキザワ:少し角度を変えた質問もしたいのですが、「触るデザイン・触れるデザイン」を実践する上で、意識していることはありますか?

桑田:心掛けているのは、触ることを前提にしたデザインです。英語だと、触る(さわる)は「should touch」で、触れる(さわれる)は「can touch」になります。
目の前に彫刻が展示されているとして、その作品を作ったアーティストが「触ってもいいですよ」と言うのであれば、それは触れる(さわれる)作品、つまり「can touch」ということになります。
私はそうではなく、触る(さわる)ことを前提にした「should touch」の作品づくりを前提にしているんです。

タキザワ:クリエイターとして、触る(さわる)デザインの表現にはまだまだ可能性があることを感じさせてくれるお話ですね。そんな桑田さんですが、この先どのような挑戦を考えているのか展望を聞かせてもらえますか?

桑田:2024年も引き続き模索を続けていくと思います。私の活動は、バリアフリーやユニバーサルデザインといった見常者と触常者の情報格差を縮めることの追求だと考えていますので、お互いの感覚の差異があることを前提に制作を続ける中で、深掘りをこのまま継続していく中で新たに見えてくるものがあると思っています。
ただ、私のような活動・アプローチだけでは足りないのも事実なので、すでに研究が進んでいる分野と並走させることに意味があると思っています。取り組みを継続させつつ、新しいアイデアや工夫に発展させることができたら嬉しいですね。

 

ユニバーサル・インクルーシブを自分事として捉える

 

タキザワ:では「壁打ちコーナー」に行きたいです。壁打ちしたいテーマはありますか?

桑田:タキザワさんは「インクルーシブデザイン」という言葉を掲げて活動をしていますが、その中で特に意識していることがあれば教えてほしいです。

 

タキザワ:すごくシンプルで、共に新たな価値を生み出すパートナーという意識で障害者と接しています。便宜上、社会的な記号として障害者という表現やリードユーザーと呼んだりもしますが、本当のところはデザインパートナーだと思っています。
もう少し説明すると、リードユーザーという表現は「未知の未来に導いてくれる人」と定義しているんですね。視覚障害者は光のない世界の専門家、聴覚障害者は音がない世界の専門家、もしくは伝え方のプロと捉えることができると思います。

桑田:今のお話を伺って、自分と周りがどのような関係性にあるのかが見えてくると、活動の幅が広がっていくように感じました。私も大学の非常勤講師としてゼミの中で学生とかかわる機会がありますが、毎年悩むのは「最初の入口をどのように設計すべきか」という部分です。自分事として捉えられるようになると、向き合い方も変わると思っているので。

タキザワ:障害者との出会い方のデザインは本当に大事ですよね。人生で初めてコミュニケーションをとる障害当事者の方との体験は、その後のイメージにもつながることが多いと私は感じています。それは良くも悪くもです。今の日本社会では、困っている方を見かけてもなかなか声をかけづらく、良い出会い方をするのも難しいと思っています。

桑田:解決策の1つとして見常者が触常者に寄り添ったり、もしくは疑似体験させる手法があると思うのですが、それだとどうしても「置き換えて体験する、考える」の範囲にとどまってしまうと感じています。本当はもっとダイレクトに感情を揺さぶるようなことができれば、直近で解決しなくてはならない課題だと危機感を持てる気がするのですが……。

タキザワ:今のお話から気づきいたのですが、弊社で案件を受ける場合は、クライアント側にテーマがあって、そこに対してゴールと予算が設けられているんですね。そうすると、当事者理解の部分はショートカットせざるを得ない部分があります。その対策として最近実践しているワークに「暗闇おやつ」というものがあります。
3・4人でグループを作り、アイマスクをしてもらいます。そして、封筒の中に入ったお菓子を食べて当ててもらうんですね。シンプルなワークにもかかわらず、非常に盛り上がるんですよね。なぜなら、お菓子の種類はわかっても味がまでわからないんです。いかに視覚で味わっていたのかが見えてきますよね。

桑田:とても興味深いですね。

タキザワ:障害のある方とのワークって、どうしても「困りごとは何ですか?」と質問攻めにする傾向があります。困っていることを解決するという構造が大前提になってしまっている。でも先天盲の方にとっては「見えないことが自分にとって当たり前だから、何も困っていません」みたいなことが起こるわけで。そういった状況を壊したいなと考えています。
そのためには、障害の理解を促しながらも新しい気づきや発見が得られる場デザインする必要があります。お互いが共創の中でワクワクできる環境をつくってこそ、一緒に新しい価値を生み出していけると思うんです。

桑田:触常者の方は、例えば美術鑑賞をする時には複数人から作品の説明を聞いたりしながら、あきらめることなくイメージを構築しますよね。逆の立場になった時に、見常者は全く同じものを共有できないにしても、何が起こっているのかは知っておくべきだなと思っているので、今の話にはとても考えさせられました。これからの活動のヒントがあったような気がします。

タキザワ:一緒に新しい点字模様をつくろう、みたいな取り組みも楽しそうですよね。

桑田:すごく可能性があると思いますね。個人的に点字模様の「ふ」は、すごく「ふ」だなって感じるんですよ。この話をすると共感してくれる方が多いので、こういうきっかけをつくりながら「点字触図に対して自分だったらどのように感じるか」という入口を設計しても面白そうです。

タキザワ:触りたくなる、触って楽しい点字。すごくいいと思います。では最後にですね、今回の感想について伺いたいと思いますが、本日はいかがでしたか。

桑田:情報発信の機会を増やし、多くの方に私の活動や考え方を知ってもらいたいと感じていたところでしたので、タキザワさんに声をかけてもらえたのがとても嬉しかったです。この先も皆さんと「改めて気づく」という時間をご一緒したいと考えていますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

タキザワ:本日のゲストは、グラフィックデザイナーの桑田知明さんでした。

桑田:ありがとうございました。

 

 

PLAYWORKS : INCLUSIVE DESIGN channel

https://www.youtube.com/@playworks-inclusivedesign

  

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