REPORT|博多大丸「聴覚障害者とのお買い物ワークショップ」レポート

PLAYWORKS コラム 聴覚障害者も快適に買物できる百貨店へ 博多大丸が取り組む「指差しパンフ」制作 聴覚障害者とのお買い物ワークショップレポート

障害者など多様なリードユーザーとの共創からイノベーションを創出する、インクルーシブデザイン・コンサルティングファーム PLAYWORKS株式会社。2024年2月に株式会社博多大丸(大丸福岡天神店)で開催された「インクルーシブデザインでつながる未来」では、障害者にとっての“理想の百貨店とは?”をテーマにワークショップを企画・実施しました。
今回は、その大丸福岡天神店で使用する「指差しコミュニケーションパンフレット」の制作を目的に行われた、「聴覚障害者とのお買い物ワークショップ」をレポートします。

 

聴覚障害者と共につくる「指差しコミュニケーションパンフレット」

PLAYWORKSが考案した「指差しコミュニケーションパンフレット」は、声によるコミュニケーションが難しい聴覚障害者や外国人の方とのスムーズな会話をサポートするツールです。今回のワークショップは、株式会社博多大丸(大丸福岡天神店)の社員13名と聴覚障害者3名が参加。聴覚障害の疑似体験や、実際に買い物している様子を観察しながら、リアルな経験や気づきをもとに「指差しパンフ」に必要な要素を対話形式で検討しました。

冒頭、博多大丸より「今回のワークショップを通して、聴覚に障害がある方々が百貨店で感じる困りごとやニーズを理解し、課題解決へ着実に取り組んでいきたい」と挨拶があり、ワークショップがスタート。PLAYWORKS タキザワ氏によるファシリテーションのもと、声を文字化するアプリや筆談ボードを用いながら進行しました。

 

プログラム:聴覚障害者とのお買い物ワークショップ

  • 聴覚障害の擬似体験
  • 聴覚障害者の買い物体験・観察
  • 「指差しコミュニケーションパンフレット」の内容検討

 

 

 

伝わらないもどかしさと、伝わる嬉しさを体感

最初のワークは聴覚障害の擬似体験。声や筆談を使わずに「血液型で分かれる」「誕生日順に並ぶ」「名前(50音)順に並ぶ」「出身地の地図をつくる」など、徐々に難易度を上げて挑戦していきます。

最初はジェスチャーを交えながらも、思わず声を出してしまったり、血液型はわかっても並び方を共有できなかったりと、意思疎通に時間がかかりました。しかし、お題が進むにつれ、大きな口の動きで伝える、反応を大きなリアクションで返す、率先して全体を誘導するリーダーが出てくるなど、言葉がなくてもコミュニケーションがスムーズに。参加者同士の緊張もほぐれ、表情も豊かになっていきました。

 

 

百貨店での聴覚障害者のお買い物

次に参加者はチームに分かれ、自己紹介をした上で大丸福岡天神店へ。聴覚障害者はそれぞれ、デパ地下や化粧品売場、スポーツ用品売場などを巡り、お目当ての商品を手に取って確認したり、販売員に話しかけたり、案内所でお店の場所を聞いたり、いつものように行動しました。

一方、博多大丸の社員はあえてサポートはせず、少し離れたところで様子を観察しながらメモを取ります。日頃から接客を行っているだけあって、鋭い観察力が発揮されていました。

 

 

なるほど!がいっぱい。気づきを共有

買い物体験の観察を通して得られた沢山の気づきや困りごとを、チーム内で共有します。聴覚障害者のひとりから「皆さんとお話をしていて、私には館内放送が聞こえていなかったことに初めて気づきました」と感想があり、参加者がハッとする場面もありました。館内放送には催事情報や、悪天候時などの営業時間の変更といった重要なお知らせも含まれるため、改めて目で見える情報提供の重要性を実感する場面でした。

 

博多大 社員

  • 店員がマスクをしていると口元が見えない
  • レジから離れていると金額を伝える手段が口頭のみで、視覚情報がない
  • 店員側から伝えるツールが不足している
  • 目や表情を見て接客すると伝わりやすい など

聴覚障害者

  • 店員が手を上げてくれたから、自分の番だとわかった
  • 店員から話しかけられた時、聞こえないことをどう説明するか迷う
  • 読唇ができると思われると、戸惑ってしまう など

 

 

 

「指差しパンフ」大丸福岡天神店バージョン

最後に、「指差しコミュニケーションパンフレット」に掲載する24項目を各チームでまとめ、全体で共有しました。視点の違いからさまざまな提案があり、実際の体験に基づく内容に参加者から大きな拍手が。これらの情報をもとに、大丸福岡天神店で使用する「指差しコミュニケーションパンフレット」が完成予定です。

 

 

参加者の感想

株式会社博多大丸 営業推進部 坂口李奈 さん

視野や価値観が広がった
実体験での貴重な学び

— ワークショップに参加していかがでしたか?

聴覚障害者の方には館内放送が聞こえないこと、会計時に細かい会話が難しいことなど、当たり前に思っていたことが大きな壁になるのだと改めて気づかされました。

— 特に印象に残っていることは?

聴覚障害者の方にとって、目からの情報がどれだけ大切かという点です。エスカレーター横にある広告や、列の並び方を示したポップが大変役に立っているとわかりました。必要な情報が得られ、スムーズに買い物ができることは、誰にとっても楽しい買い物の必須条件ですね。

— 今回の体験を通して今後取り組んでみたいことは?

会計時のやりとりは口頭で済ませることが多いと再認識しました。「少々お待ちください」と言っても聴覚障害者には聞こえないので、不安に感じることもあるのだなと。賞味期限の質問や袋の要不要などもサラッと口頭で済ませていたので、指差しでサッと伝えられるツールをつくっていきたいですね。

 

株式会社博多大丸 業務推進部 築山悟朗 さん

手間なく意思疎通できる「指差しパンフ」は
ストレスフリーなツール

— ワークショップに参加していかがでしたか?

普段、直接やりとりする機会が少ない聴覚障害者の方と話し合えたのは貴重でした。相手のために手助けしようと先回りしがちですが、聴覚障害者にも「自由にゆっくり買い物がしたい」という気持ちがあり、適度なサポートと通常の接客のバランスが重要だと感じました。買い物体験後の「指差しパンフ」検討では、私が必要だと思ったものが必ずしも相手にとって有用ではないと気づき、一緒につくることの大切さを痛感しました。

— 特に印象に残っていることは?

社員同士では「筆談ボードが便利」と話していましたが、聴覚障害者の方から「書く手間と時間がかかるので、実はあまり使いたくない」という意見があり、ハッとしました。意思疎通ができないことこそ最優先の問題だと思い込んでいたのですが、時間や手間がかかること自体がストレスになると学び、見方が変わりました。

—「指差しコミュニケーションパンフレット」をどのように活用したいですか?

社内ルールや法律、館内マップなどの資料を常にポケットに入れているのですが、同じように「指差しコミュニケーションパンフレット」を折りたたんで持ち歩けば、より親身な接客ができると思います。

 

株式会社博多大丸 営業推進部 松木孝士 さん

体験することで意識も行動も変わる
接客のあり方を改めて考える機会に

— ワークショップに参加していかがでしたか?

聴覚障害者の方と一緒に売場を回り、いろんな気づきを得ました。筆談ボードだけでもコミュニケーションがスムーズになるため、指差しコミュニケーションパンフレットのようなツールを整備する重要性を実感しました。今回の体験を通して、接客を「入り口から出口まで」トータルで見直したいと思います。

— 特に印象に残っていることは?

販売員がマスクをしている場合、聴覚障害者の方の反応が大きく変わる点です。表情が見えると会話のテンポが良くなるので、こちらから「マスクを外しましょうか?」と声をかけ、確認することも大切だと思いました。

— 今回の体験を通して今後取り組みたいことは?

実際に体験することで、個々の意識が高まり、行動も自然と変わると感じました。社員研修などで定期的に取り入れていけるといいですね。
 

 

聴覚障害者の感想

 左から:宮崎さん、平本さん、岩本さん

宮崎柚希 さん

 “聞こえない”日常を知っていただき感謝

音声情報の多い世界とは違う、視覚情報をメインとする世界を一緒に体験していただき、聴覚障害者が日々どんな感覚で生活しているのかを知ってもらえたことに感謝しています。今回は手話通訳者をあえて入れず、音声認識アプリと筆談ボードのみで進行したのも印象的でした。
「指差しコミュニケーションパンフレット」は、買い物に限らず警察や消防、病院、ライフラインなどコミュニケーションが難しい場面でも活用できる可能性があります。聴覚障害者や外国人、高齢者など、さまざまな人にとって暮らしやすい社会づくりにつながると期待しています。

平本龍之介 さん 

一体感があり真剣な姿が印象的でした

博多大丸の方と意見を交わす中で、チームワークの強さを感じました。一人ひとりが見つけた気づきから「本当に求められるのは何か?」「必要なポイントは何か?」を共有し合い、真摯に話し合う姿勢が印象に残りました。企業の方に聞こえない人への理解を深めていただいた貴重な機会になりました。
大丸福岡天神店独自の「指差しコミュニケーションパンフレット」が完成するのが楽しみです。これは、発声障害や知的障害を持つ方、外国人にも役立ち、さまざまなニーズに応えられるツールになると思います。

岩本ゆみ さん

素晴らしい取り組みと“心の繋がり”を感じる時間

「指差しコミュニケーションパンフレット」は画期的な発想だと思います。提供する側と受け取る側では、知りたいことや伝えたいことが異なるので、両者にとって使いやすい形があると良いですね。最初のアイスブレイクでは、声を発しないという条件下で、共通認識をつくりあげる過程に皆さんが楽しそうに取り組んでいたのが印象的でした。博多大丸の方々の「情熱と心が大事」という言葉にも心を打たれ、国やジェンダー、感覚器官の違いにかかわらず、誰もが楽しく買い物できる空間づくりを大切にしていると感じました。

 

 

「聴覚障害者とのお買い物ワークショップ」まとめ

取材を終え、改めて多くの学びを得ることができました。まさに「百聞は一見にしかず」。3時間のプログラムを通して、参加者の意識が徐々に柔軟に変化していく様子はとても印象的でした。そこには、インクルーシブデザインの豊富な実績をもつ、PLAYWORKS独自のノウハウが凝縮されていました。

「指差しコミュニケーションパンフレット」制作のワークショップとはいえ、ただパンフレットをデザインし、印刷するのではなく、その前段階での気づきや体験こそが大きな意味を持つ。主観的な思い込みや想像力の足りなさ、人とつながる喜びを再確認しながら、聴覚障害者の感覚を体験すると同時に、自分自身も知る—そんな学びの場になっていました。

「多様なリードユーザーとの共創によるイノベーションの創出」を掲げるPLAYWORKSの社会への想いにも触れ、社員一人ひとりの意識が拡がることで、企業全体が新しい力を得られるのだと実感しました。

 

文:山根律子

 

指差しコミュニケーションパンフレット

COMMUNICATION PAMPHLET 指差しコミュニケーションパンフレット

https://playworks-inclusivedesign.com/communication-pamphlet