INCLUSIVE DESIGN Talk|アイシン 中村正樹

インクルーシブデザインの第一線で活動するゲストとPLAYWORKSタキザワが、インクルーシブデザインの価値や可能性について、対談形式で探究する「INCLUSIVEDESIGNTalk」。今回は株式会社アイシン 中村正樹さんにお越しいただきました。音声認識アプリシリーズ「YYSystem」の開発者である中村さんに、「YYSystem」についてや、2025年5月に原宿ハラカドで開催された「世界に字幕を添える展」の反響、今後の展望について伺いました。
“意思疎通”を、すべての人に。
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聴覚障害者のコミュニケーションを支援する
タキザワ:まずは簡単な自己紹介と、「YYSystem」について教えてください。
中村:「YYSystem」を開発しております、中村です。自動車部品メーカーである株式会社アイシンは、新規事業として音声認識アプリシリーズ「YYSystem」を開発、提供しています。大人数の会議から1対1の面談までコミュニケーションをサポートする「YYProbe」や、聴覚障害者の日常をサポートする「YY文字起こし」、プロジェクターや透明ディスプレイなどのスクリーンに発話内容を表示できる「YYレセプション」など、さまざまな製品をご用意しています。
WHOが発表した報告書によると、2050年までに世界で約20億人が難聴を抱えると予測されています。人類が向き合うべき大きな課題だと私たちは認識しており、そこに対して「YYSystem」を通じた課題解決に挑んでいます。
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「YYSystem」は、会話や環境音など約80種類の音をリアルタイムで可視化します。例えば、拍手をすると「パチパチ」とオノマトペが表示されたり、笑うと「あはは」という文字が出力されたりします。また、独自の技術を搭載しており、騒音環境においても声を正確に識別します。
さまざまな外部機器との連携にも対応しており、例えば、工場や駅、ホテルなどに設置した透明スクリーン上や、美容院やコスメ店などにある鏡に文字を表示させたりすることが可能です。最近では、スポーツの実況中継を「YYSystem」を使って配信することにも取り組んでいます。
個人ユーザーの口コミで広がり、2025年7月時点で160万ダウンロードを突破しました。
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タキザワ:どのような背景から「YYSystem」の開発に至ったのでしょうか?
中村:アイシンでは約13万人の従業員が働いており、日常会話をもとにナレッジをデータベース化することで組織の生産性向上に寄与できるのではないかと考え、音声認識の技術を研究していました。
コロナ禍で、社内の工場内ではマスクをつけたり、オンラインでの業務が増えたりし、アイシンで働く約300人の聴覚障害者がコミュニケーションを取りづらいという課題にぶつかったんです。
聴覚障害のある従業員の方から、「音声認識の技術を活用したコミュニケーションツールが欲しい」と相談があり、本格的に開発に乗り出しました。
音声吹き込みで、最適化された文字起こしを実現
タキザワ:現在はユーザーを巻き込んだ開発も行われているのでしょうか?
中村:はい。私たちの強みは、ユーザーと共に機能や性能を確かめながら開発する共創エコシステムを持っていることです。SNSを通じてユーザーと意見交換している他、オフィスを開放している日には実際に開発中のプロダクトを手に取ってもらいながら意見をいただいています。
こういった共創のおかげで、私たちが企業や学校、自治体に営業するのではなく、聴覚障害者自らが「会社や学校にYYSystemを導入してほしい」というお声をいただくケースが多いです。
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タキザワ:共創を通じて開発した事例には、どんなものがありますか?
中村:現在、開発中の「Myエンジン」ですね。アプリケーションに向かって60分間、原稿を読み上げていただくと、そのデータをもとに話し方の癖を学習し、発話内容のほとんどを認識できるようになります。
こちらの映像は、YY公式アンバサダーの難聴うさぎさんが、Myエンジンを使って中学校で講演会をした時の様子です。
難聴うさぎさんの声で学習されたMyエンジンの結果を「YY文字起こし」を通じてプロジェクターで映しています。画面の右側は難聴うさぎさんに最適化されていない音声認識エンジンでの文字起こしなので、動画内の文字起こしとは大きな差があると思います。
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タキザワ:Myエンジン、すごいですね。こんなに違うんですね。
中村:そうなんです。ただ、発話が苦手な方が60分の音声を吹き込むことは大きなストレスになるようで、現在はこの課題を解決できるような新たな仕組みを開発中です。
タキザワ:発話用の原稿は、どういった内容なんですか?
中村:自分の自己紹介や、よく使うフレーズなどをまとめた原稿を自分で用意してもらっています。吹き込まれた音声をもとに原稿に対する発話の仕方を学習していくので、60分程度の音声でも発話と文字の組み合わせが一致するようになってきます。
タキザワ:たった60分で音声認識エンジンを最適化できるのはすごいですね。たまに色の異なる文字が出てくるのですが、これは?
中村:辞書登録するときに、単語に色をつけることができるんです。例えば、あらかじめ「YY文字起こし」や「株式会社アイシンの中村」に色をつけておけば、プレゼンテーションなどで発話した際に目立たせることができます。読み方を入力すると、ルビも表示されます。
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タキザワ:「YYSystem」は気が利く細かい機能がたくさん入ってますね。これまでの開発で印象的だった出来事はありますか?
中村:笑い声ですね。会議の中で、突然盛り上がったり、アイデアが出たりする瞬間がありますよね。その時にトリガーになるのが、笑いだと思っていて。
自分がいろんなパターンで笑ったり、家族に笑ってもらったり、社内の人にいっぱい笑ってもらって、笑い声を集めたんですね。それらのデータをもとに笑い声を検出する機械学習エンジンをアプリに組み込んで、ちょっとした笑いで「(笑)」と表示できるようにしました。実際に「(笑)」という表示を見ると、みんながさらに笑ってくれたんです。
笑い声のような音やかけ声を検出するための仕組みを取り入れた音声認識アプリは開発した当初ほとんどなかったと思うので、取り組めて良かったと感じています。
「世界に字幕を添える展」で実現した、双方よしの体験
中村:2025年5月12日から18日にかけて、東急プラザ原宿「ハラカド」にて、「世界に字幕を添える展」を開催しました。美容院、カフェ、居酒屋などハラカド館内の21店舗に「YYSystem」を設置。レジ横にディスプレイを置いたり、タブレットでアプリを表示したりした他、聴覚障害のない人には耳栓を配布し、耳が聞こえづらい状態での買い物も体験いただきました。
実は、参加店舗に対して「YYSystem」の使い方は事前に詳しく説明しておらず、7日後に使い方がどう変化していくか確かめることに重きをおいていました。
やはり、みなさん途中で意思疎通の壁に気づいて、どうやってこのシステムを活用したらいいんだろうと疑問を持つようになっていったんです。使いにくい状態からイベントを通じてみんなの声を拾い上げ、改善を進めていきました。
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タキザワ:どれくらいの方が来場されたんですか?
中村:7日間で約1,333名です。インフォメーションにて参加受付した方のみの数字なので、実際はもっと多かったと思います。
来場者の6割は聴覚に障害がない方で、SNSを見て訪れた方や、偶然立ち寄って体験した方も多くいました。合理的配慮ではなく、ファッションの一部のように捉えた方も多かったのではないかと思います。
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SNSでは「日本のいろんな都市で開催してほしい」「ショッピングや美容院で、本当はもっとコミュニケーションしたい」というお声も寄せられました。
普段、聴覚障害を持つお客様がお店に来られていることに気づかないケースが多いようなのですが、参加テナントの約9割が聴覚障害を持つお客様に気づき、接客を体験できました。また、参加テナントの8割以上が、聴覚障害者やインバウンドのお客様とのコミュニケーション量が今までより増えたと感じています。
そして、なによりも大事なのが、参加テナントの約8割が「お客様の購買意欲が向上した」と答えたことです。透明スクリーンやタブレットを設置しなければいけない、という店舗側の負担認識から、「YYSystem」を導入することでより多くの人々と意思疎通でき、お客様が笑顔になれると同時に、購買意欲も向上するツールになることを体感いただけたと思います。
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タキザワ:素晴らしいチャレンジですね。SNSでの盛り上がりも拝見していました。どのような経緯で、このイベントの企画が立ち上がったんですか。
中村:私たちはこれまで聴覚障害者が集まるイベントに何度か参加してきたのですが、どうしても内輪で閉ざしてしまうと感じていました。社会に対して、もっと聴覚障害者の課題を知っていただく必要があるのではないか。そう考えているうちに、いろんなご縁がつながって東急プラザ原宿「ハラカド」で開催することになりました。アイシンのバックアップがあったことも大きかったですね。
タキザワ:本イベントを実現する上で大変だったことはありますか。
中村:ご協力いただける店舗を集めるための交渉や、現地での設置ですね。店舗の代表の方とお話をしてやりましょうとなっても、接客がアルバイトの方だと、「YYSystem」について事前情報が行き届いていないことがありました。
また、透明スクリーンをレジ横に設置する場合、レイアウトを変更するなどさまざまな問題があり、調整に手間取りましたね。
タキザワ:今後も、こういったイベントは企画されるのでしょうか?
中村:そうですね。ハラカドで楽しんでいただいているみなさんの様子をみて、今回で終わりではなく、2回目、3回目とイベントを続けなければいけないと決意を新たにしました。現在は、次のイベント開催に向けて水面下で準備を進めています。
タキザワ:素晴らしい取り組みですね。ぜひ、いろんな施設で展開してほしいです。これを機に、聴覚障害者の働くチャンスが増えるといいなとすごく期待しています。
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AIを活用したインクルーシブデザインとは?
タキザワ:ここからは、タキザワとの壁打ちのコーナーに行きたいと思います。タキザワと壁打ちしたいテーマを教えてください。
中村:現在はAIが急速に進化していて、AIを活用することで開発もすごく楽になりました。人の仕事を代替できるほど賢くなっています。別の見方をすると、障害のある方の困りごとを改善できる可能性も広げています。
インクルーシブデザインにおいて、どのようにAIを取り入れていくべきか。発散的にお話したいです。
タキザワ:いくつかの使い方が思い浮かびますが、1つはリードユーザーとしてAIと共創する方法が考えられるかなと思います。例えば、「(笑)」という笑い声の可視化によって、さらに笑いを引き起こすことは、プラスαの体験価値ですよね。こういった表現の余白をAIと共に作っていくことは面白いと思います。
他にも、植物や風、人間の意思などをAIに学習させることで、どんなアウトプットが出てくるか全く想像はつかないですが、新しい意思疎通の仕方を発明できる気がしました。
その先に待っているのは、言語を越えた意思疎通のあり方を作ること。それこそが、AIの進化によるインクルーシブデザインではないでしょうか。
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中村:面白いですね。「YYSystem」が描いている夢をお話すると、世界中に字幕が添えられた後に残されているのは、宇宙だと思っているんですよ。
誰もが宇宙に行ける時代が来た時に、きっと未知の知的生命体の出会いが出てくる。もし本当に出会ってしまったら、国を超えた言語の壁や聴覚障害者との意思疎通ができないといったレベルではない意思疎通の壁があるのではないかと思っているんです。
その時に、AIがもっと発達していれば、新たな解決策を生み出す力になるかもしれません。
タキザワ:そうですよね。現段階であれば、人だけでなく、犬や猫の映像を解析してデータをもとに意思疎通させることはできそうですよね。
話がずれてしまいますが、最近、発達障害や精神障害、知的障害とのコミュニケーションについて、弊社にご相談いただくケースがすごく多いんですよ。でも、なかなかテクノロジーで解決できるソリューションがなくて。障害を持つ人とそうでない人がいきなり対面するのではなく、合間にクッションのようなものが挟まることによって、お互いに心地よい距離感でいられるソリューションがあるといいなと思っています。
先ほどの「(笑)」に含まれる見えない行間のように、お互いの意思疎通をうまく図ってくれる存在があるといいですね。
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中村:2人だとちょっと気まずいけれど、合間にもう1人いると心地よくなる感覚ですよね。その合間にいるのが人ではなく、サービスがあるといい、か。
タキザワ:人であれば、お互いの意思を感じ取っているから合間に立ってどう振る舞うべきかわかりますよね。それを「YYSystem」ができるといいですよね。ロボットという形がいいかもしれない。
人の感情を理解し、その時、その状況における一番いい立ち振る舞いをできるロボットは、まだ存在しない気がしますね。
例えば、4台ある「YYSystem」のハブとなる1つのYYがあって、意思疎通のデータを用いていい感じの振る舞いをしてくれるとか。
かなりぶっ飛んだ話をしましたが、やはりAIは避けて通れないですし、ローコストでテストできるので、今のうちに試行錯誤を繰り返すことが大事な気がします。
中村:ありがとうございます。非常に参考になりました。
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タキザワ:最後に、今後の展望について教えてください。
中村:私たちは東京2025デフリンピックのトータルサポートメンバーという役割を担っており、そこに対して全力でサポートしていきたいと思っています。さらに「YYSystem」は国内だけにとどまらず、海外への展開もスタートしております。2025年はこの2つの展開に注力していきたいです。
タキザワ:楽しみにしております。本日のゲストは、株式会社アイシンの中村正樹さんでした。ありがとうございました!
中村:ありがとうございました!
PLAYWORKS : INCLUSIVE DESIGN channel
https://www.youtube.com/@playworks-inclusivedesign
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