REPORT|これからの社会を描くインクルーシブデザイン(前編)

これからの社会を描くインクルーシブデザイン

2021年11月30日、PLAYWORKSインターン生が主体となり企画したイベント「これからの社会を描くインクルーシブデザイン」を開催しました。
九州大学 平井康之教授 と PLAYWORKS 代表 タキザワケイタさん に登壇いただき、インクルーシブデザインについて平井教授がアカデミック、タキザワさんがビジネス視点でプレゼンテーションをおこなって頂きました。お二人によるトークセッション、参加者からの質疑応答など「インクルーシブデザイン入門編」として非常に充実した内容となった本イベントについてレポートとアーカイブ映像を公開します!

これからの社会を描くインクルーシブデザイン

プログラム

● 平井教授:日本におけるインクルーシブデザインの変遷
● タキザワケイタ:インクルーシブデザインの実践
● トークセッション:平井教授 × タキザワケイタ
● Q&A

 

平井康之 九州大学芸術工学府 デザインストラテジー部門 教授

1961年生まれ。京都市立芸術大学卒業後、コクヨ株式会社にデザイナーとして勤務。在職中の1990~1992年にロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に留学。マスターを取得し帰国後、アメリカのデザインコンサルタント会社 IDEOに4年間勤務。九州芸術工科大学(現・九州大学)准教授を経て現職。さまざまな企業のコンサルタントや共同プロジェクトにおいてインクルーシブデザインを実践・研究している。

 

タキザワケイタ PLAYWORKS Inc. 代表 インクルーシブデザイナー・サービスデザイナー

新規事業・組織開発・人材育成など、企業が抱えるさまざまな問題を解決へと導きます。また、「薄型ソーラービーコン内蔵点字ブロック」や新感覚ダイアログワークショップ「視覚障害者からの問いかけ」、顔が見える筆談アプリ「WriteWith」の社会実装など、社会課題の解決にも取り組んでいます。一般社団法人PLAYERS リーダー・筑波大学 非常勤講師・九州大学ビジネス・スクール 講師・青山学院大学 ワークショップデザイナー育成プログラム講師・D&I 100人カイギ キュレーター 

PLAYWORKS インターン生

鈴木葵(札幌市立大学大学院 デザイン研究科博士)・渡邊聡美(常葉大学 造形学部ビジュアルデザインコース)・宮路修史(日本大学 生産工学部機械工学科)・大堀亜紀子(武蔵野美術大学 造形構想学部クリエイティブイノベーション学科)・米娜(九州大学 大学院統合新領域学府博士)・桐葉恵

 

グラフィックレコーダー:えの季さん
情報保障:字幕(UDトーク)

 

平井教授:日本におけるインクルーシブデザインの変遷

イベントはまず、平井教授より「日本におけるインクルーシブデザインの変遷」について、お話いただきました。

2014年にインクルーシブデザインの入門書として「インクルーシブデザイン」、ジュリア・カセムさんを中心に、より深い内容として「インクルーシブデザインという発想」という2冊の本を出版しました。こちらはソニーのホームページですが、ソニーがインクルーシブデザインに力を入れていることはご存じでしょうか? 実は昨年、ソニーのシンポジウムにタキザワさんと一緒に登壇したことが、今回のイベントにもつながっています。タキザワさん面白い活動をされているデザイナーとして注目しています。本当にいろんな企業がインクルーシブデザインに取り組んでいることが、素晴らしいなと思っています。

インクルーシブデザインは、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートケンブリッジ大学などを中心とした流れからでてきており、ジェレミー・マイヤーソンさん、ロジャー・コールマンさん、ジュリア・カセムさんといった人々が基礎をつくって今にいたります。インクルーシブデザインの定義は、これまで除外されてきた(エクスクルード)ユーザー層を包含し(インクルード)、かつビジネスとして成り立つデザインを目指す考え方。障がいを、人と人の間にある社会の課題ととらえ、日常の「気づき」から発想する方法です。

私がインクルーシブデザインが凄いなと思ったのは、ロジャー・コールマンさんが1980年、車椅子利用者のレイチェルさんのためにキッチンをデザインした時に、車椅子でも物が取りやすいといったことをデザインすれば良いのかと思ったら、レイチェルさんは「他人が羨むデザインが欲しい」と言われたそうです。これはインクルーシブデザインのエッセンスを掴んでいると思いますし、ロジャー・コールマンさんもそれをかなり強調されていたと思います。つまり、アクセスだけでない「熱い思い」。これがインクルーシブデザインの基本だと思います。

ロイヤル・カレッジを訪れた時に面白かったのが、ユーザーに話を聞く時のツールを自分たちでつくっていました。妊婦の10ヶ月の気持ちの変化を糸を張って表すマップは、エモーショナルな部分も含めて理解をし、そこから解決策を考えていっているところにすごく共感しました。

日本の動きとしては、2000年頃はユニバーサルデザインが注目されており、そこにインクルーシブデザインが入ってきました。2010年頃になるとデザイン思考の流れが入ってきて合流。2016年頃から社会起点のデザインが深まっていきました。2004年8月に九州大学で日本で初めてのインクルーシブデザインのワークショップを、ジュリア・カセムさんとスタートしました。その後、2006年に奈良の「たんぽぽの家」と「インクルーシブデザインハンドブック」を出しました。これは日本で一番最初のインクルーシブデザインのハンドブックです。その後、京大の塩瀬隆之さんや京都工繊の水野大二郎さんと一緒に、「INCLUSIVE DESIGN NOW」として展示会などの活動を広げていきました。福岡でもジュリア・カセムさんと「デザインチャレンジ」を毎年、おこなってきました。

その中でジュリアさんから学んだことで一番大きいのは、インクルーシブデザインではいろんな方々のアスピレーションを大事に考える、ということです。「Aspiration」とは熱い思い、願望や「思い」を変えるデザインです。

2014年 日経デザインで「デザイン・シンキング革命」という特集が組まれました。その中で「こども×くすり×デザイン」が取り上げられたのですが、同時にデザイン・シンキングを理解するためのの8冊として、インクルーシブデザインの本が選ばれました。これまではユニバーサルデザインを意識してやっていましたが、外から見るとインクルーシブデザインはソーシャルイノベーションの流れの1つだと考えられていることを再確認できました。

そういった動きがある中で、2016年に「障害者差別解消法」が制定されました。ここでいう「合理的配慮」とは適切な対話をもとに、できる範囲での対策、解決策を一緒に考えていこう、ということだと思います。インクルーシブデザインは対話型アプローチ、コ・デザイン、共同デザインとも言いますが、それと近い考え方だと思います。そして、医学的な障害ではなく社会的な障害について、みんなで変えていこう、という流れの大きなきっかけだと思います。

2000年頃のユニバーサルデザインはユーザビリティが中心だったので、「医学的障害」としてバリアフリーで手すりやスロープを設けましょう、といったことがよく言われていました。インクルーシブデザインは「社会的障害」をかなり意識した活動です。我々も海外で英語が話せずに言葉の壁にぶちあたる、といったことは誰にでも起こり得る社会的障害です。インクルーシブデザインがすごいのは、そこで止めずに次の「Aspiration」を目指しているところだと思います。車椅子の方が美術館にいった時、階段があるので奥のエレベーターを案内されました。実際に行ってみるとエレベーターで目的地に行けるのですが、実はそれは荷物用のエレベーターだった、ということもあります。これは合理的配慮としては成り立っていますが、分けてほしくない、ユーザーの熱い思いという意味では達成していない。そこまでいくにはどうしたら良いかを考えるのが、インクルーシブデザインだと思っています。

インクルーシブデザインは、インクルード・エクスクルードという考え方が1つのテーマになっており、「身体的排除」「感覚的排除」「知覚的排除」「デジタル情報排除」「感情的排除」「経済的排除」という6つの社会的排除を定義しています。2017年頃からはデジタルの排除がかなり出てきていると思います。2017年に元マイクロソフトのキャット・ホームズさんが「ミスマッチ 見えないユーザーを排除しないインクルーシブデなデザインへ」という本を出しており、この流れがGoogleやAppleなどアメリカの大企業に広がっています。マイクロソフトのホームページではアクセシビリティの取り組みの中に「インクルーシブデザインの原則」が記載されています。Vanessa M.Patrickさんの「インクルーシブデザインのレベル」の図では、レベル1「アクセス提供、レベル2「参加」、レベル3「自己実現」となっています。レベル1が医学的障害、レベル2が社会的障害、レベル3がアスピレーションの領域だと思っています。

駆け足でしたが、ここ20年位のインクルーシブデザインの変遷について、私の視点からお話させていただきました。

 

 

タキザワケイタ:インクルーシブデザインの実践

続いて、タキザワさんから「インクルーシブデザインの実践:について、お話いただきました。

自分自身が「インクルーシブデザイン」を意識し始めてから4年、会社として取り組み始めてまだ1年半。実践していることがインクルーシブデザインなのかどうか? 考えながら、迷いながら実践してきたプロジェクトについて、ご紹介させて頂きます。

インクルーシブデザインに取り組むきっかけは、妻の妊娠でした。「マタニティマーク」をネット検索すると、検索結果は危険や不快、嫌がらせといったネガティブな内容が多く、自分の娘が妊婦になった時に優しい社会になっていて欲しいという思いから、マタニティマークをIoT化した「スマート・マタニティマーク」を提案。「スマート・マタニティマーク」はGoogleのコンテストでグランプリを受賞し、プロトタイプ開発やメディア、展示会などで発表したところ、「高齢者や障害者も使えるようにして欲しい」という多くの声をいただきました。それらを受けて、妊婦や高齢者、障害者など外出時に手助けを必要とする人と、周囲の手助けする意思のある人を、LINEアプリでマッチングする「&HAND」を開発しました。

「&HAND」は東京メトロやJR東日本、ANA、ブラインドサッカー協会などと実証実験を実施。東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて準備を進めていましたが、コロナウイルスの影響で残念ながら実現できなかったので、タイミングを見てまた再開したいと思っています。

&HANDの開発過程で多くの障害者に協力いただきインタビューやワークショップを実施してきましたが、それらに協力してくれたのはアクティブな障害者であり、家に引きこもりがちな視覚障害者がたくさんいるという事実がわかりました。そこで、視覚障害者が自宅から一歩踏み出せるような街全体をフォローしたサービスとして「VIBLO by &HAND」を考案。現在は「薄型ソーラービーコン内蔵点字ブロック」として、ACCESS、セイコー、サカイシルクスクリーン、PLAYWORKSの4社で事業化を進めています。

障害者向サービスのデザインを実践しながら、障害によるー(マイナス)を0(ゼロ) に近づけようとするだけでなく、障害があるからこそ生み出せる価値だってあるはず。そんな、ー(マイナス)から+(プラス)を生み出す活動を障害当事者と共創したい、と思うようになりました。その考えに共感いただいたマイクロソフトと「聴覚障害者が熱狂するコンテンツ」をテーマにワークショップを実施しました。

ワークショップのファシリテーションは聴覚障害者が手話でおこない、5名の聴覚障害リードユーザーが各グループに1名づつ入ります。1日のワークショップのうち午前中は耳栓をつけ、音のない世界でさまざまなワークを行いました。午後からは、聴覚障害者に事前に聞いていた「障害が理由で諦めているけど、本当はチャレンジしたいこと」でチームを再結成し、それを叶えるアイデアを考案。「顔が見える筆談アプリ」「聴覚障害レポーター」「聴覚障害者も怖がるお化け屋敷」など、ワクワクするアイデアが誕生しました。

筆談アプリを考案したチームからは「面白いことを伝えよう書いている時、面白いことを思い浮かべているので、顔がニヤニヤしている」という気づきがありました。それをもとに、マイクロソフトと「WriteWith 顔が見える筆談アプリ」を開発しました。

現在は、文具メーカーのぺんてるとインクルーシブデザインのプロジェクトが進行中です。視覚障害者へのWEBアンケートや、画材をお送りして自由に絵を描いてもらい、それをもとに対話のワークショップをおこなってきました。視覚障害者でも思いを表現するためのアイデアがすでにたくさん生まれているのですが、引き続き、盲学校などと連携しながら製品化を進めていきます。

これからインクルーシブデザインでチャレンジしたいことは、「障害児と出会い一緒に遊ぶ! インクルーシブ公園」「健常者も着たくなる! インクルーシブファッション」「点字のアップデートとインクルーシブデザインフォントのデザイン」「先天盲の女性と美を問い直す! 美容用品」「視覚障害者が感動で涙する! プラネタリウム」「聴覚障害者が絶叫する! おばけやしき」「車椅子ユーザーとつくる! モビリティサービス」「身体不自由者でも演奏が楽しめる! 楽器」などたくさんあるので、ご興味ある企業の方はぜひご連絡ください!

最後に、インクルーシブデザインを実践する上で大切にしているコトを共有します。

インクルーシブデザインはとってもワクワクし、クリエイティブでイノベーションの可能性に満ちています。ぜひ一緒にインクルーシブデザインで社会を前に進めましょう!

 

 

つづきは、「これからの社会を描くインクルーシブデザイン」レポート(後編)をご覧ください!

https://playworks-inclusivedesign.com/column/column-2104/

 

「これからの社会を描くインクルーシブデザイン」アーカイブ映像

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