REPORT|インクルーシブデザイン体験ワークショップ:聴覚障害者との共創
PLAYWORKS株式会社は、障害者など多様なリードユーザーとの共創からイノベーションを創出する、インクルーシブデザイン・コンサルティングファームです。今回は2023年8月30日に開催された「インクルーシブデザイン体験ワークショップ:聴覚障害との共創」について、目次ほたるがレポートします!
聴覚障害者との対話から、新たな価値を共創する。
「聴覚障害者との対話から、新たな価値を共創する」をテーマに、リードユーザーである聴覚障害者4名と、グラフィックレコーディングを担当するグラフィッカー4名を含めた計18名で、「体験」「対話」「共創」によって、インクルーシブデザインを知る3時間のオンラインワークショップを行いました。実施したプログラムはこちら。
- 聴覚障害者との共創事例の紹介
- 聴覚障害リードユーザー・グラフィッカーの紹介
- 「UDトーク」設定・体験
- MUTE WORK①:チャットで自己紹介・筆談で自己紹介
- MUTE WORK②:絵しりとり・ジェスチャーしりとり
- 対話:気付きの共有・聴覚障害者への質問
- ブレスト:障害が理由で諦めているけど本当はチャレンジしたいこと
- プレゼンテーション
ワークショップの冒頭にグランドルールが共有されました。「発言時は手を挙げ、ゆっくりはっきり話す」「表情や口が見えるようにする」など、話し方やジェスチャーに関する気配りについて知ることができ、聴覚障害者とコミュ二ケーションを取るのが初めての私でも、安心して対話を始めることができました。
まずは、音声認識アプリ「UDトーク」の設定
ワークショップではグランドルールと併せて、聴覚障害リードユーザーとのコミュニケーションの情報保障として、「UDトーク」というスマホアプリを使用しました。UDトークは、音声認識と自動翻訳を活用したアプリで「コミュニケーション」「テキスト入力」「文字起こし・議事録作成」の3つの役割を担ってくれます。チームごとにトークルームが事前に準備されており、QRコードを読み込めばすぐに利用することができます。使い方もシンプルで、話した内容がリアルタイムで表示され、聴覚障害者と話すのが初めてという参加者にとっても、手助けになりました。
「音がない世界」を体感する自己紹介
はじめは聴覚障害リードユーザーを含めたチームに分かれ、自己紹介タイムです。1回目の自己紹介は、「チャット」を使って「名前・仕事・ワークショップに期待している事」を話しました。
チャットで自己紹介をするのは、学生時代にオンラインゲームをやっていたとき以来で、どんなテンションで自己紹介をすればいいのか、少し悩みます。しかも、ビデオ通話でお互いの顔が見えているにも関わらず、全員が無言で、終始チャットのみで会話するという、なんともシュールな時間が流れます。その場を盛り上げられるような楽しい自己紹介にしようと真剣にチャットをすればするほど、表情がこわばっていくことに気が付き、慌てて顔を緩ませました。
参加者のみなさんも、文字での会話だと無愛想になってしまうと気が付き、絵文字やメッセージを送信するときの表情で、テキストコミュニケーションに足りない感情表現を補足するなど、それぞれが工夫している様子。なかにはタイピングに慣れていない人も参加されていたため、返信を打っているあいだに、チャットがどんどん流れてしまい、うまく会話ができないこともあります。一方で、リードユーザーさんはすでにチャットに慣れており、スイスイと会話を進めてくれました。
音のない世界で生きるプロならではの、丁寧で感情を乗せて進められるテキストコミュニケーションの技術は、リモートワークやSNSが普及している現代社会で活かせるところがたくさんありそうです。
続いて、2回目の自己紹介タイムは、筆談で挑戦します。それぞれが準備していた紙とペンを使い、「最近、ハマっているモノ」を紹介することに。
チャットでの自己紹介に比べて、表情が見えるため、会話も盛り上がりやすいのが意外だったところ。ちょっとしたイラストやジェスチャーを交えて、楽しく自己紹介ができました。ただ、文字を書いている時間によって、普通に話すよりもタイムラグがあるので、思ったよりもテンポよく会話するのが難しい…。また、久しぶりにまじまじと見る自分の字が悲しいくらいに汚く、日ごろから字をキレイに書かなければと反省しました(笑)。
「絵」と「ジェスチャー」でしりとり対決!
自己紹介が終わると、次はチーム対抗戦のワークに挑戦します。一回戦目は「絵しりとり」。それぞれが準備した紙に絵を描いて、画面越しに見せる形でしりとりのバトンを繋いでいきました。
繋げたい言葉と、自分の描ける絵のクオリティが必ずしも伴っているわけではないため、自分の画力と相談しながら、なんとか繋げていく絵しりとりは思ったより苦戦しました。
ときには、絵だけではうまく伝えることができず、タイムロスをしてしまうことも。時間制限があるからこそ、伝わらないと焦ったり、逆にスムーズに伝わったときの嬉しさがあります。
続いて2回戦は、「ジェスチャー」でしりとりを実施。大人になると、なかなか真剣にジェスチャーをする機会がないので、みなさん少しだけ恥ずかしそうにしながら、スタート。実際にやってみると、自分自身のジェスチャーの表現力が思ったより低いことに気が付きます。普段の生活では伝えることに意識を置かずに、会話の補足程度にジェスチャーをしてきたため、表現力が鍛えられていないのです。
チームメンバーの聴覚障害リードユーザーは、ジェスチャーで表すものの「大きさ」や「使うときの動作」などを一緒に表現してくれるため、すごくわかりやすい! さすがの表現力にびっくりしました。
リードユーザーからジェスチャーのコツをこっそり盗みつつ、なんとかバトンを繋げていきます。最初は、恥ずかしがりながらジェスチャーをしていた参加者たちも、だんだんと白熱し、終盤は渾身のジェスチャーを披露。「伝えたい」という想いは、人の可能性をどんどん広げていくことを実感します。
絵しりとりに比べて、ジェスチャーは表情も重要な情報の1つとなるため、参加者のみなさんからは自然と笑顔が溢れているのが印象的でした。
ここまでのワークの振返り&聴覚障害者へ質問タイム
「チャット」「筆談」「絵しりとり」「ジェスチャーしりとり」のミュートワークを終え、ここまでで感じたことや気付きをグループで共有することに。ここでは、グラフィッカーのみなさんによる、グラフィックレコーディングが大活躍。かわいいイラストとわかりやすい図解とともに、みなさんの発見についてまとめてもらいました。
「会話のスピード感が難しい」「チャットも筆談も下を向いていると、相手の表情や言葉を見そびれてしまう」「ジェスチャーでうまく伝えるには、お互いにイメージをふくらませることが大事」など、それぞれの気づきが次々に出てきました。
それぞれが協力してワークを乗り切り、実体験を通じて悩みや発見を共有できるという、クリエイティブな時間を味わえます。そして、それぞれの感想や質問への内容が、グラフィッカーによってリアルタイムでまとめられていくのが、このワークショップの醍醐味でもあります。
「障害が理由で諦めているけど本当はチャレンジしたいこと」を叶える
振り返りが終わると、いよいよワークショップの本題へ。今回のテーマでもある「聴覚障害者との対話から、新たな価値を共創する」を実現するために、リードユーザーの「障害が理由で諦めているけど本当はチャレンジしたいこと」を叶えるためのブレストを行いました。リードユーザー4名から出た、チャレンジしたいことはこちら。
それぞれの参加者が興味のあるテーマごとにチームに分かれ、話し合います。どんなアイデアが出てくるのか楽しみです!
チームごとにアイデアをプレゼンテーション!
オノさん:吹奏楽を演奏したい!
フルートを演奏することに、憧れがあるというオノさん。かつて、吹奏楽に挑戦したことがありましたが、みんなとリズムを合わせるのが難しかったという経験があったそうです。楽器の中でも管楽器は振動が伝わりやすいため、聴覚障害者に向いていそうだと気がついたこちらのチームでしたが、リズムを合わせたり、一緒に演奏しているという一体感を得るための工夫が必要だという課題が浮かび上がってきました。
そこで、どこを演奏しているかわかるよう、リズムゲームのように楽譜上の音符が光るようなデバイスや、メトロノームのようにリズムを視覚化できるデバイスがあればいいかもしれないというアイデアがでました。ただ、ずっとメトロノームを見ながら演奏するのは大変なので、指揮者が手を振るのと同じタイミングで振動が伝わってくるものがあるといいという、新たなアイデアも。
イツカイチさん:演歌歌手になりたい!
イツカイチさんは美空ひばりの動画を見て、演歌歌手に憧れるようになったのだそう。しかし、そもそも声を出すことが難しいという課題が出ました。そこで、逆に発声をせずに、演歌歌手になる方法をブレストしてみることに。すると、声を出す歌い方以外にも、手話歌や手話通訳など別の歌い方もたくさんあるという可能性が見えてきます。
また、歌い方だけでなく「美空ひばりのかっこよさ」を表現するために、キラキラした豪華な衣装や、手元を大きく映し出し、手話に合わせてエフェクトをかけるモニターなど、演出のアイデアもたくさん出ました。
ナナエさん:邦画や劇を観に行きたい!
邦画や劇を観に行きたいというテーマを出してくれたナナエさんは、映画館や舞台に行っても、マイクなどの情報保障がないことが多く、字幕があっても表示時間が短いことに悩んでいました。手話通訳がついている舞台も限られている現状では、気軽に映画鑑賞や観劇ができないのだそう。
そんな悩みに対して、「画像処理をしてくれるスマートグラスがあればいいかもしれない」というアイデアが出てきました。すでに手話通訳や音声が出るスマートグラスはあるものの、舞台や映画にも使えたら、より生活が楽しくなりそう。さらに、野球場のように大きなテロップが出てくる舞台があれば、誰でも劇や映画が楽しめるというアイデアも出てきました。
イトウさん:TVにコメンテーターとして出演したい!
乙武さんのような、社会問題についてコメントするコメンテーターになりたいというイトウさん。しかし、コメンテーターになるために必要な手話通訳は費用が高く、事前打ち合わせで話したい内容のニュアンスを伝えるのが難しいなど、さまざまなハードルがあるのだそうです。
そこで、手話通訳士の同伴が難しいのであれば、手話が自動で音声化されたらいいのではないかという意見が出ました。とはいえ、まだ手話を音声化する技術やデータが足りていないため、技術の進化や手話のデータを集める必要があります。どうやって手話の情報を集めるか、など新たな技術の仕組みについても考えることで、さらに想像が広がるブレストになりました。
ワークショップ後の参加者からの感想
3時間に渡るワークショップが終了し、参加者の皆さんからは、こんな感想をいただきました。
- いつもより表情筋を使って会話して、コミュニケーションが楽しいってこういうことなんだと思い出しました。この不自由さの中にいつもの会話にはない心の豊かさや楽しさがありました。完全ではないけど、それが逆に落ち着きます。
- コミュニケーションを取る際には、お互いが「理解したい!」や「どうしたら伝わるのか?」という姿勢を持つことがお互い意思疎通できる点で大切だと改めて思いました。また、最後のテーマでは、聴者の方々の持っているアイデアが私には持っていない視点だったので大変参考になりました。世界が違うからこそ気づきを得られて面白かったです。
- 会話中のスピード感の違いや交換される情報量が普段の会話の感覚とは、全く違うことは大きな学びでした。ハードルは多いですが、その「違い」から新たな価値を生み出せるのではないかと感じました。
「インクルーシブデザイン体験ワークショップ:聴覚障害者との共創」まとめ
聴覚障害者とのワークショップに参加して、コミュニケーションは「声」や「ジェスチャー」などさまざまな要素の組み合わせによって成り立っていることに、改めて気が付きました。今回のワークショップのように、コミュニケーションを構成する要素のどれかを受け取ることが難しい聴覚障害リードユーザーと対話すると、その欠けた要素の重要性が浮かび上がってきます。
その一方で、参加者のみなさんは、対話の条件が絞られるからこそ生まれる、新しいコミュニケーションの面白さも実感したのではないでしょうか。「目が見えないなら、言葉でわかりやすく伝えてみよう」「発声ができないなら、表情やジェスチャーで表現してみよう」。「相手を知りたい」「相手に伝えたい」という気持ちが、コミュニケーションの捉え方を大きく変えるきっかけになってくれたと思うのです。
さらに、インクルーシブデザインでなぜ対話を重視するのかについて考えてみると、それは対話相手の「個人としての存在」をより意識できるからではないかと感じました。「障害」と聞くと、その苦労した過去や現状の悩みに対してフォーカスを当てすぎてしまい、「今、目の前にいる人がどんな人なのか」を知ることから逸れてしまうことも多々あります。
そんな中、今回のワークショップでは、リードユーザーと楽しんでワークを進めていくことで、リードユーザーそれぞれのパーソナルな魅力に触れることができました。だからこそ、「障害によって困っていることを解決したい」という気持ちから、その先を思い描くことができるわけです。
コミュニケーションへの捉え方を一新し、「世の中にいる障害者に、もっと人生を楽しんでほしい」という気持ちで、ブレストやアイデア出しができるからこそ、新たな発想を生み出すことができる。今回のワークショップでは、障害という個性が、対話というキャンバスの余白になり、そこにアイデアがどんどん描かれていくという、人が対話から生み出すことができる可能性の広がりを強く感じた3時間でした。
文:目次ほたる(めつぎ・ほたる)
都内在住のフリーライター。家事代行業、スタートアップ企業の経理事務、ライターアシスタントなどを経て、2019年に独立。現在は、生き方や社会課題、地域の魅力発掘など幅広いジャンルで、取材記事やエッセイなどを手掛けている。SNSでは、「ままならない日々を心地よく耕す」をテーマに発信中。