INCLUSIVE DESIGN Talk|AonC 井上夏海

INCLUSIVE DESIGN Talk AonC 代表 井上夏海 人生の選択肢を1つでも多く

インクルーシブデザインの第一線で活動するゲストと PLAYWORKSタキザワが、インクルーシブデザインの価値や可能性について、対談形式で探究する「INCLUSIVE DESIGN Talk」。今回は障害があっても使いやすいランジェリーを開発・販売している、AonCの井上夏海さんにお越しいただきました。どのような経緯で障害があっても着用しやすいランジェリーに着目したのか、商品開発の工夫や今後の展望などを伺いました。

心から“着たい”と思える物を ─ AonCは人生の選択肢を増やし、ありたい自分になれる世界を目指す

“AonC”は、特別じゃない。数あるブランドの一つを目指す

 
タキザワ:まずは、AonCについて教えてください。

井上:AonCは「誰もが、ありたい自分を自由に選び取れる世界を作る」ことをミッションに掲げ、障害者のニーズに合わせた商品開発に取り組んでいます。 AonCという名前は「As one Choice」の頭文字を取ったもので、選択肢の一つという意味が込められています。私たちは、障害者向けの特別なブランドであるという見せ方はあまりしたくなくて。あくまで数あるブランドの一つとしてAonCが存在し、その中から選んでいただけるような存在を目指しています。
人生における選択肢を増やすべく、その第一歩として現在は障害のある方でも使いやすいランジェリーを開発・販売しています。

タキザワ:前職はコンサルティング会社で働かれていたそうですね。全く業種が異なるように感じますが、なぜ障害のある方向けのビジネスに着目したのですか?

井上:きっかけは、私のパートナーが「アダプティブファッション」に関する論文を見せてくれたことでした。アダプティブファッション​​とは、障害のある方が簡単に着用できるようにデザインされた衣服のこと。
世界人口の約15%は障害を持っている方々で、障害者とその友人や家族も合わせた購買力は約13兆ドルと、市場も大きいんです。当然ながら、障害者に配慮した商品を提供している企業も多いと思っていたのですが、全然そんなことはなくて。

背景・社会が抱える課題 障害者に配慮した商品等を提供している企業 3.6%

 
タキザワ:障害者に配慮した商品を提供している企業は、たったの3.6%なんですね。

井上:そうなんです。実際にどのような商品が販売されているのか調べたところ、介護用のものだったり、機能性が高いがゆえに値段も高い商品だったりと、心の底から欲しいと思えるようなブランドはほとんどなかったんです。変革を起こす余地のある領域の一つなのではないかと感じました。
当事者に話を聞いてみなければわからないと思い、「車椅子女子」「障害者」などのハッシュタグで投稿されているアカウントに向けてInstagramのDMを送りました。お話を伺ったところ、「福祉の要素が強くて、心から着たいと思える商品がない」「機能性に特化した商品を目にすると、自分の好きな服を選んではいけないのではないかと感じてしまう」など、「これがいい」ではなく「これでいい」でしか選べないという声を耳にしました。

タキザワ:洋服ではなく、ランジェリーを選ばれた理由は?

井上:競合がほとんど存在しなかったからです。障害者向けの商品づくりは未経験だったため、少なからず競合が存在しているアパレルは参入しづらいと感じていました。ランジェリーならと思い、開発に着手しました。
それに、女性の健康課題をテクノロジーで解決する「フェムテック」が世の中で広まりつつある一方で、障害のある女性に対する配慮は不十分だと感じていて。障害のある女性の中には、可愛らしいランジェリーをつけたいと思っている方も多いです。ランジェリーを通して、障害者の性にまつわることを知るきっかけにもなったらと思っています。

 

障害の有無にかかわらず“着たい”と思えるか?

 
タキザワ:どのような方に向けて、商品を開発されたのでしょうか?

井上:脳の損傷によって運動機能に障害が生じる、脳性麻痺の方に使っていただくことを想定しています。手先が不自由だったり、肩周りがあまり動かなかったりする方でも簡単に着用できるようなランジェリーを目指しています。
ヒアリングを通して、ホックを留めるのに何十分と時間がかかってしまう、かわいいランジェリーを身につけたいのにつけられない、といった悩みを耳にしていました。障害のある方の中には10、20分と時間をかけながら、頑張ってつけている方もいて。「みなさんの思いを無駄にしてはいけない」と感じながら、開発に取り組んでいました。

タキザワ:今回、開発されたランジェリーの特徴を教えてください。

井上:ブラジャーは、胸の前で簡単に留められるよう前開きにしました。ホックの部分は、外れにくいマグネットを使用。バストラインも美しく見えるよう、肌に優しい特殊マジックテープを貼りつけた左右の羽できれいな形をキープできるようにしました。
車椅子の方は、自走する際に肩紐が落ちてしまうこともあるんです。そこで、背中周りをY字のデザインにして、落ちにくくしています。長時間座っていてもストレスフリーでいられるよう、肩ひもの長さを調節する金具も前側に設置しました。

ショーツは、車椅子に長時間座っていると蒸れてしまうことが多いため、蒸れにくい素材を使用。脳性麻痺の方はショーツを掴んで引き上げることが難しいため、指を引っ掛けられる紐をつけ、簡単に引き上げられるようにしました。

 
タキザワ:すごく工夫されていますね。ランジェリーを開発するにあたって、何か意識されていたことはありますか?

井上:あえてランジェリーを着用する障害者のことを考えすぎないことですね。障害のある方が着用しやすいように…と考えすぎてしまうと、機能性に特化してしまいデザインを犠牲にしてしまうことがあるんです。障害の有無にかかわらず、心の底から「着たい」と思えるようなランジェリーでなければ販売してはいけない。そういった思いがあったので、何度も目的に立ち返りながら開発を進めていました。
アンケート調査を実施したり、20人以上の障害者にサンプル品を着用していただいたりと、何度も施策を重ねていった結果、ランジェリーが完成しました。

タキザワ:ブランドのメインビジュアルに使用されている写真が印象的でした。車椅子に乗っている方もいらっしゃいますよね。

 
井上:はい。モデルになっていただいた方々は、みなさん脳性麻痺や難病を抱えていて、普段は車椅子で生活をされています。あえて障害のある方にモデルを務めていただくことで、「あれ、このブランドはなんだろう?」と障害の有無という境界線をなくし、多くの方が興味を持つきっかけになるのではないかと思いました。
 

諦めかけていたオシャレを「AonC」が後押し

 
タキザワ:2023年6月には、クラウドファンディングも実施されたそうですね。

井上:ありがたいことに目標金額100万円に対して、130万円以上の支援額が集まりました。障害のある方はもちろん、そうでない方もご購入いただいていて。四十肩、五十肩によって肩周りが動きづらい更年期の方にも好評でした。授乳中の方からも、つけ外しが簡単で便利といったお声をいただいて。新たなマーケットを開拓することができたと実感しています。

タキザワ:障害のある方と一緒に商品開発をした結果、新しいマーケットが生まれるのはインクルーシブデザインの理想的なプロセスですね。こういった障害のある方以外にも使ってもらうことは、最初から想定されていたんですか?

井上:いえ、全く想定していませんでした。私自身、最初はインクルーシブデザインを取り入れた開発をしようと意識はしていなくて。障害のある方と一緒に開発していったのも、たまたま私と、協力してくださる障害のある方しかいなかったからなんです。試行錯誤をして完成した商品が障害の有無を超えて使っていただけるようになり、私自身も驚いています。

 
タキザワ:開発する上での苦労も、たくさんあったのではないでしょうか?

井上:そうですね。同じ脳性麻痺でも、症状は人によって異なります。どの方に使っていただくことを想定して商品を開発すべきか、本当に悩みました。あの人に使ってほしいと、頭の中では何人もの顔が思い浮ぶのですが、「今回はこの方の要望には答えられない」と心苦しく思うこともあって。その折り合いの付け方には、かなり苦心しました。

タキザワ:立ち上げ初期は想定ユーザーを狭めたほうが、ブランディングしやすいですよね。着実にブランドが成長してきたら、ラインナップを増やしたり、ユーザーの幅を広げていったりするのが良いのかなと思いますね。
障害のある方と一緒に開発を進めていく中で、印象に残っていることは何かありますか?

井上:中途障害を持つ方の行動の変化ですね。その方は、難病になる前は一般的なランジェリーをつけられていたのですが、寝たきりでいることが多く、今は難しくなってしまったんです。可愛い服を着たくてもバストラインがきれいに見えない……と諦めかけられていたのですが、その方がAonCのランジェリーをつけたところ、昔着ていたワンピースを思い出したんです。タンスから取り出し、久しぶりに友達と出かけることができたという声をいただきました。
AonCのランジェリーをきっかけに、ちょっとした一歩を踏み出すきっかけになればと思っていたので、嬉しかったですね。
 

企業と障害者の間で“認識のズレ”をなくすために

 
井上:クラウドファンディングを実施後、改めて周囲の方に対して「障害者向けのビジネスについてどのようなイメージを持たれているか」についてアンケートを取りました。「お金になりづらい」「ネガティブなイメージがある」と回答した方が多く、私自身もこの領域に参入するまで同様の印象を抱いていました。

 
井上:その原因を考えた結果、企業と障害者の間で求めている商品に対する認識にギャップがあるのではないかと思いました。企業は機能が豊富で、多くの障害者にあった商品を作る必要があると考えているケースが多いですが、障害を持つ方は必ずしも完璧な商品を求めているわけではありません。ちょっと不便でも、工夫したり、アレンジしたりしたら着られる商品でも構わないという意見が寄せられました。
それらの結果を受けて、改めて障害者の視点を取り入れたインクルーシブデザインの大切さを感じました。インクルーシブデザインは、単に障害者のためだけに取り入れるのではなく、企業が生き残るためにも必要なことなのではないかと感じます。
AonCでは、現在イベントやメディア、インフルエンサーとのつながりなどを通して、インクルーシブデザインの普及を目指しています。ゆくゆくは、AonCが様々な企業と協業して商品やサービスを開発し、インクルーシブデザインをもっと広げていけたらと思います。

 
井上:ただ、この難易度は高いと思っていて。企業と共創し、インクルーシブデザインを取り入れた商品・サービスを開発していく上で、もしタキザワさんからアドバイスがあれば教えていただきたいです。

タキザワ:おっしゃる通り、インクルーシブデザインのアプローチでクライアントの要望に応えたり、新規ビジネスを創出することは難易度が高いです。ただ、自分が得意な領域で勝負すれば、成功確率は高まると思います。まずは、女性や脳性麻痺の方向けに商品を開発することを目的に企業とコラボし、実績を作っていくことが大事かなと思います。
また、障害者の課題は一つの商品では解決できないからこそ、「選択肢を増やしたい」というAonCの想いにはすごく共感します。ただ、その想いの実現に向けてAonCがどういう役割を果たせるのかはもう少し具体化したほうが良い気がしますね。

井上:たしかに、それはすごく悩ましいところです。今後も課題を見つけ、世に問いながら解決に導く活動を続けていきたいです。

タキザワ:そうであれば、まずは井上さんが持つ障害当事者のコミュニティで課題を調査するのが良いかもしれません。その上で「こういった商品を作りませんか?」と企業に声をかけてプロジェクトを作っていくのはどうでしょう。
これまでのノウハウを活かして商品を作るのであれば、ポーチやアクセサリーなど手先の器用さが必要なものは相性が良さそうだと感じます。プロトタイプを通じてAonCが実現したい世界を発信したり、クラウドファンディングでテストマーケティングを行い、好反応が得られれば商品化しても良いかもしれないですね。

井上:そうですね。ゆくゆくはアパレルにも挑戦していきたいと考えています。すでに障害者向けに作られた洋服はありますが、改善点は少なくないと感じています。これからもAonCの強みを活かして、障害の有無に関わらずみんなにとって使いやすいブランドを作り上げていきたいですね。

タキザワ:今後の展開を期待しています。本日はありがとうございました!

井上:ありがとうございました。

 

 

PLAYWORKS : INCLUSIVE DESIGN channel

https://www.youtube.com/@playworks-inclusivedesign

 

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