COLUMN|「ロービジョン体験キット」で実現するダイバーシティ&インクルージョン

INCLUSIVE DESIGN COLUMN 視覚障がい乳幼児研究会 山本会長 インタビュー ロービジョン体験キットで実現するD&I

PLAYWORKS株式会社は、視覚障害の見えにくさを擬似体験できる「LOW VISION EXPERIENCE KIT」(ロービジョン体験キット PLAYWORKSモデル)を、視覚障がい乳幼児研究会の監修のもと開発しました。
今回はPLAYWORKS タキザワが視覚障がい乳幼児研究会の山本会長にインタビュー。「ロービジョン体験キット」が生まれた背景や想いを伺いました。

発達心理学の研究から、視覚障がい乳幼児の支援へ

京都ライトハウス建物前の看板の前で並んで立つ、視覚障がい乳幼児研究会 会長 山本利和さんと、PLAYWORKS株式会社 代表 タキザワ。それぞれ両手に「ロービジョン体験キット」を持っている。

左から視覚障がい乳幼児研究会 会長 山本利和さん、PLAYWORKS株式会社 代表 タキザワ
 
タキザワ:はじめに山本さんのご経歴、視覚障害支援に携わるようになったきっかけをお聞かせください。

山本さん:私は関西学院大学で心理学を専攻し、特に発達心理学に興味を持ちました。最初は動物実験が中心でしたが、次第に人間、特に子どもたちの研究に興味が移っていったんです。
博士課程に入ってからは、積極的に子どもたちの研究をしていました。実は研究の傍ら、幼稚園の免許も取得したんですよ。その後、神戸市総合教育センター(当時は心身障害福祉センター)で視覚に障害のある子どもの支援に関わるようになりました。
ちょうどそのころは、盲学校には目だけ不自由な方が多い時代から、見えにくさに加えて他の障害も重なっているお子さんが増えていく時代でした。

椅子に座り、両手を使いながら話をする山本さん

 
タキザワ:その経験が、視覚障害の支援へと進むきっかけになったのでしょうか?

山本さん:そうですね。最初は発達心理学の観点から、障害のない子どもたちと視覚障害のある子どもたちの発達の違いを研究しようと考えていました。見る経験がないことが発達にどんな影響を与えるのか、非常に興味深いテーマだったんです。
しかし、関わっていくうちに、研究だけでなく子どもたちと一緒に遊ぶこと自体が面白くなってきて。視覚に障害のある子どもたちは本当に面白いんです。いろいろと構ってくれるし、一緒に遊ぶと様々な反応があって。そうしているうちに、このフィールドから離れられなくなってしまったんですよね。

 
D&Iの一歩先。教育現場から見る「コンサルテーション」の重要性

山本さんの話を聞くPLAYWORKSタキザワ。テーブルには「ロービジョン体験キット」が5個置かれている。

 
タキザワ:現在は、どのような活動をされているのでしょうか?

山本さん:大阪教育大学の教授を経て、現在は名誉教授として活動しながら、視覚障がい乳幼児研究会の会長を務めています。
主な活動は、視覚障害者支援のアドバイザーとして、教育機関や福祉施設にコンサルテーションを提供すること。視覚支援学校での教育アプローチや、新しい支援技術の導入についてのアドバイスを行っています。

タキザワ:どのような相談が多く寄せられますか?

山本さん:大きく分けると、組織面での相談が多いですね。福祉や教育の現場で、視覚障害のサポートをどのように行うべきか、といった内容です。点字機器の導入方法や、それを活用した教育プログラムの構築などについてアドバイスすることが多いです。
例えば、最近では電子メールを点字に変換する機器が増えていますよね。そうした機器を早い段階から視覚支援学校に導入することで、生徒さんたちがより楽に興味のある本を読めるようになるんですよ。
さらに、そういった機器の導入が学校の評価向上につながり、卒業時には福祉サービスとして機器が得られるようになる可能性もあるんです。
このように、子どもたちにとっても、学校にとっても良い結果になる方法を一緒に考える機会が多いですね。

タキザワ:なるほど。指導するだけでなく、全体の仕組みを捉えた上でアドバイスをされているんですね。

山本さん:そうなんです。この全体構造を考え、アドバイスを行うことを「コンサルテーション」と呼びます。
日本の場合、障害者支援において最初は「インクルーシブ」、つまり障害のある子もない子も一緒に教育するという考え方が主流でした。でも、単に一緒に教育するだけではうまくいきません。次に「ダイバーシティ」、つまり多様性を認めるという考え方が出てきました。
しかし、最近の傾向を見ていると「ダイバーシティ&インクルージョン」にプラスして、この「コンサルテーション」が教育現場では重要視されているんですよ。

両手を使いながら話をする山本さんの横姿

 
タキザワ:コンサルテーションの内容について、詳しく教えていただけますか?

山本さん:コンサルテーションは、子どもを指導するだけでも、先生に何かを教えるだけでもありません。生徒さんと先生、そして家族を含めた全体を見て、それぞれの立場や意見を考慮しながら、最適な支援方法を提案することが重要なんです。
例えば、視覚障害のあるお子さんの家族に対しては、障害に対する初期の衝撃や不安を和らげ、前向きな子育てのビジョンを持てるようサポートし、同時に学校や地域の支援リソースについても情報提供します。
また、教育者に対しては、個々の生徒の特性に合わせた指導方法や、クラス全体でのインクルージョンの促進方法についてアドバイスします。さらに、支援機関や行政とも連携し、より包括的な支援体制を構築することも重要です。
このように様々な立場の人々を巻き込み、全体的な視点から支援を組み立てていくのが、コンサルテーションの役割なんです。

タキザワ:「ダイバーシティ&インクルージョン」+「コンサルテーション」が教育現場の基本になっていくわけですね。

山本さん:そう考えています。そんなコンサルテーションの観点から、視覚障がい乳幼児と家族に対して支援を行うため、私は「視覚障がい乳幼児研究会」を発足したんです。

 

必要なのは「体験」を通じた障害理解。ロービジョン体験キットをつくった理由

 
タキザワ:山本さんが、ロービジョン体験キットの開発に至ったきっかけについて教えてください。

タキザワ:どのように開発を進めていったのでしょうか?

山本さん:神戸市立心身障害福祉センターで働いていたころ、視覚障害を実際に「体験」してもらうことの必要性を強く感じました。視覚障害といっても様々な状態があり、その多様性を理解してもらうには、実際に体験してもらうのが一番だと考えたんです。
当時、ロービジョン体験キットのようなものは存在していましたが、非常に高価で、誰でも手に入れられるようなものではなかったんですよ。
ゴーグルにプラスチックの円錐形をつけたり、特殊なレンズを使用したりして、極度の近視や白内障の状態を再現するものがありましたが、これらは光学機器として精密に作られているため、どうしても高価になってしまうんです。
そこで、より多くの人々が利用できる、安価で作りやすい体験キットの開発を決意しました。

タキザワの対面に座り、笑顔で話す山本さん

 
山本さん:まず、代表的な視覚障害の症状である「コントラスト低下」「視野狭窄」「中心暗転」という3種類の見えにくさを再現できるようにしました。
そして、安価で簡単に作成できること、さらにカスタマイズ可能な設計にこだわりました。例えば、ハサミで切って穴を広げたり狭めたりすることで、視野の広さを調整できるようにしています。
また、セロハンテープを使って中心暗転を再現するなど、身近な材料を使ってDIYで作れるよう工夫しました。

タキザワ:「誰でも手に入れられる価格」と「DIY要素」がこだわりだったんですね。

山本さん:キットを作る際に最も大切にしたのは、使う人自身が「発見」できるということです。人間は、自分で気づいたことの方が印象に残りやすい。だから、キットを使って体験しながら、「あ、こういう見え方なんだ」と自分で気づける設計にしました。
例えば、コントラスト低下を体験すると、歩くときに人の姿が何となくわかっても、細かい部分が見えづらく、つまずきやすくなることがわかります。また、視野狭窄を体験すると、文字を読むときに一度に見える文字数が少なくなり、読むスピードが遅くなることを実感できるんですよ。

山本さん:また、キットに付属する教材にも注目してみてほしいですね。より楽しく誰でも視覚障害に興味を持てるよう、航空写真や迷路、様々な大きさの文字などを用意し、それぞれの見え方でどのように見えるか、どんな困難があるかを体験できるようにしました。

タキザワ:誰でも手に取りやすい製品になるよう、本当によく考えられていますよね。

山本さん:価格も大学生が教科書を買うついでに購入できるような価格設定を心がけました。というのも、視覚障がい乳幼児研究会の活動資金を確保するという目的もあったんです。
私たちの研究会は会員数が100人もいない小さな組織で、活動資金の確保が常に課題でした。このキットの販売が、継続的な活動を支える一つの柱になればと考えたんですよね。

 

教育現場から企業研修まで。ロービジョン体験キットで広がる可能性

両手を使いながら熱心に話をする山本さん

 
タキザワ:ロービジョン体験キットは、どのように活用されてきたのでしょうか?

山本さん:主に大学の授業で使用しています。視覚障害支援に関する講義で、学生たちに実際に体験してもらっているんです。講義だけでは学生たちにとってピンとこないことも、このキットを使って体験することで、理解が深まります。
キットをかけながら手引きのガイド方法を学んだり、視野の状態によって必要な声かけの方法が違うことを体験することで、遠くは見えても近くが見えにくいといった、視覚障害の多様性についても理解を深めることができるんですよ。

タキザワ:「視覚障害=全盲」と考えている方もまだ多い一方で、こうしたキットを使えば、視覚障害の多様性を体感できるようになるわけですね。

テーブルの上に、組み立てられたロービジョン体験メガネと、シート、リーフレットが置かれている。

 
タキザワ:PLAYWORKSではインクルーシブデザインのワークショップや企業研修などで、ロービジョン体験キットを活用しています。実際に視覚障害を疑似体験することで、製品やサービス、空間に隠れていた障壁が見えてくるんですよね。

山本さん:そうなんです。また、視覚障害のあるお子さんのいるご家庭でも活用されています。家族や周囲の人々が、お子さんの見え方を理解するのに役立っているんですよ。
視覚障害のあるお子さんを持つご家庭では、子どもの見え方を適切に理解できず、焦ってしまったり、過剰に心配してしまうケースも少なくありません。そんななかキットを使ってお子さんの見え方を疑似体験してもらうことで、安心材料になることがあります。
さらに、視覚障害のあるお子さんが通う学校にキットを導入してもらうことで、周囲の生徒さんたちの障害理解が深まって、視覚障害があっても過ごしやすくなることもあるんです。

山本さん:まさに、オフィスのバリアフリーデザインや接客サービスの向上にもぴったりです。視覚障害への理解が深まり、適切な支援方法を習得できる。さらには、バリアフリー環境の整備促進にもつながると思います。

タキザワ:ロービジョン体験キットの可能性を感じますね。最後に、今後の展望についてお聞かせください。

山本さん:まずは、このキットをより多くの人に知ってもらい、使ってもらいたいですね。視覚障害への理解を社会全体に広げていくことが重要だと考えています。
支援技術の発展に伴い、キット自体も進化させていく必要もあります。より実際の見え方に近い体験ができるよう、改良を重ねていきたいです。そして、このキットを通じて、コンサルテーションの重要性も広く認識されるようになってほしい。
視覚障害の理解は、単に見え方を知るだけではなく、その人の生活全体、周囲の環境、社会システムまでを含めた包括的なものであるべきです。このキットがそうした理解の入り口になればいいですね。
最後に、読者の皆さんにお伝えしたいのは、視覚障害は誰にでも起こり得るということです。加齢によっても視力は変化します。だからこそ、お互いを理解し、支え合う社会を作っていくことが大切なんです。このキットが、そのきっかけの一つになれば幸いです。

テーブルに置かれたリーフレットを山本さんが開く

 


 
社会福祉法人日本ライトハウス|ロービジョン体験キット
https://www.lighthouse.or.jp/iccb/shops/index_shops/index_items/taikengoods

社会福祉法人京都ライトハウス|ロービジョンキット
https://www.kyoto-lighthouse.or.jp/item/?genre=scale

PLAYWORKS株式会社LOW VISION EXPERIENCE KIT(ロービジョン体験キットPLAYWORKSモデル)
https://playworks-inclusivedesign.com/low-vision-experience-kit