INCLUSIVE DESIGN Talk|ジャクエツ 田嶋 宏行

インクルーシブデザインの第一線で活動するゲストと PLAYWORKS タキザワが、インクルーシブデザインの価値や可能性について、対談形式で探究する「INCLUSIVE DESIGN Talk」。今回は株式会社ジャクエツ 田嶋宏行さんにお越しいただきました。遊具研究プロジェクト「RESILIENCE PLAYGROUND プロジェクト」でグッドデザイン大賞を受賞した田嶋さんに、医療的ケア児の「遊び」の課題に着目した背景や、誰もが遊べる遊具の開発に至るまでのプロセス、そして今後の展望について伺いました。
共通の“楽しい”をデザインする
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医療と遊びのあいだに生まれた、あたらしい遊具のカタチ
タキザワ:まずは簡単に自己紹介お願いします。
田嶋:株式会社ジャクエツで遊具や遊び場の設計・デザインを担当している田嶋と申します。ジャクエツは、三輪車やユニフォーム、建築など幼児向けの教育用品を製造・販売している会社です。
新卒でジャクエツに入社し、誰もが遊べる遊具の実現を目指して、6年目に「RESILIENCE PLAYGROUND プロジェクト」を立ち上げました。インクルーシブな遊具の開発を進め、2024年にはグッドデザイン大賞を受賞しています。
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タキザワ:改めまして、受賞おめでとうございます! さっそくお話伺えたらと思っているのですが、まず田嶋さんは、なぜインクルーシブデザインを取り入れた遊具や遊びに着目されたのでしょうか?
田嶋:プロダクトデザイナーとして3Dを使って多くの遊具をデザインする中で、「遊び」だからこそ、もっと多くの課題を解決できるのではないかと考えていました。2020年に、プライベートで福井市主宰のデザインスクール「XSCHOOL」に通う機会があり、そこで「オレンジキッズケアラボ」という医療的ケア児と呼ばれる重度の障害を抱える子どもたちが通う施設と出会ったんです。
これまで障害児用遊具に取り組んだことがないことに対する自分自身へのモヤモヤを抱えながら、新たなプロジェクトを起こすことはできないか?と考えていました。
そんな中で、私の専門分野である「遊び」と、オレンジキッズケアラボ代表の紅谷先生が得意とする「医療」が出会い、遊具と医療の間にあるものはなんだろう?という問いを起点にRESILIENCE PLAYGROUNDプロジェクトが始まりました。
タキザワ:「RESILIENCE PLAYGROUNDプロジェクト」について詳しく教えてください。
田嶋:医療的ケア児の「遊びたくても、遊べない」という課題からスタートをしています。
施設に訪問してケアスタッフやご両親などにヒアリングをしていくと「3歳になるまで友達と全く遊んだことがない」「遊ぶ機会がなく笑顔が極端に少ない」など深刻な現状を知りました。
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そこで半年かけてリサーチを実施し、その後、ワークショップを開催。ケアスタッフの方々と遊具デザイナー、地域の住民が一同に集まって、医療的ケア児にとって良い遊び場はなんだろうと考えながら、発泡スチロールを使って簡易な模型を作りました。
そうやって「遊びたくても、遊べない」という課題に一生懸命取り組んでいたのですが、検証を進める中で、実は誰もが「遊びを持っている」ことに気づきました。
遊具の検証時に、施設に通う女の子を遊具に乗せたところ、自分でくるくる回り始めて、すごく楽しそうに遊んでいたんです。この子たちは「遊べない」のではなく、先入観や寛容でない遊び環境が、遊ぶ力を引き出す機会を奪っていたのだと気づきました。
そこで、医療的ケア児と健常な子どもが一緒に遊べる日常を作るために研究や検証を重ね、誰もが「揺れる」体験を楽しむことができる3つの遊具にたどり着きました。
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タキザワ:どんな遊具を開発されたのでしょうか?
1つは、トランポリン遊具「YURAGI」です。身体が不自由な子どもが健常な子どもがいる遊び場に混ざることは非常に難しく、遊びが分断されてしまうという課題から開発がスタートしました。YURAGIでは、寝たきりの子どもでも、健常な子どもが隣でジャンプしていると、その揺れを感じて一緒に楽しむことができます。
2つ目は、ブランコ遊具「KOMORI」です。ブランコ特有の景色の大きな変化が苦手だったり、身体の安定が難しかったりする子どもたちがどうやったらブランコを楽しめるかという問いのもと、既存のブランコのあり方を再定義しました。KOMORIでは、寝た姿勢のままで乗ることができるだけでなく、冷たい鎖の匂いなど様々な刺激から守ってあげられるよう子守り型の座面でデザインしています。
最後は、スプリング遊具「UKABI」です。従来のスプリング遊具は馬型が非常に多く、またがる行為ができない子どもたちは乗れない遊具でした。そこで、寝たままでも乗ることができる浮き輪型のスプリング遊具を開発しました。
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キーワードは「揺れる」体験
タキザワ:開発に取り組む上で、ぶつかった困難はありましたか?
田嶋:インクルーシブデザインを取り入れた遊具についてリサーチを始めたころは、遊具のアイデアを考えることにとても苦労しました。一口に障害といっても、車椅子の方や目の見えない方など、いろんな障害があると思っていて。それらを全て網羅しようと思ったら、世界平和を実現するような遊具アイデアになってしまったんです。
そのタイミングで紅谷先生に相談したところ「最も重度な障害を抱えている子どもから解決したほうが良い」とアドバイスいただきました。遊びから最もかけ離れている子どもは誰かと考えたときに、寝たきりの子どもたちは全くアプローチできていないことに気づいたんです。そこで、ようやく私たちのプロジェクトの軸足が決まりました。
タキザワ:今回の遊具では「揺れる」がキーワードになっています。なぜ、そこに着目されたのでしょうか?
田嶋:ケアスタッフの一人が、スケッチに面白い遊具の絵を描いてくれたんです。詳しく話を聞くと、医療的ケア児の中には揺れることがとても好きで、楽しいと感じる子どもがいることがわかりました。
実は、オレンジキッズケアラボにはハンモックがあり、医療的ケア児も楽しんでいるんです。走る、バランスを取る、ぶら下がるなどいろんな遊びがある中で「揺れる」ことは、医療的ケア児と健常な子どもたちが一緒に楽しめる「共通の遊び」ではないか。そこから、ブランコやスプリング遊具、トランポリンといった揺れるをテーマにした遊具の開発を目指していきました。
タキザワ:遊びだけでなく、トランポリン、ブランコ、スプリング遊具など既存の遊具もリデザインするプロセスがすごく面白いと思いました。他に、大変だと感じた瞬間はありますか?
田嶋:医療的ケア児向けの遊具づくりに否定的な見方をしている人に、前向きな印象を持ってもらうことですね。やはり突然、社内で「障害の重い子どもたち向けの遊具を作りました」と言っても、言われた側の立場だったら戸惑うと思います。
タキザワ:どうやって印象を変えていったのでしょうか。
田嶋:まずは試作品を作り、それらを用いて医療的ケア児が遊んでいるところに、否定的な見方をされている方をお呼びしました。病院にいることが当たり前だと思われている中で、子どもたちが想像以上に楽しく遊んでいる状況を見てもらうことで「ふつうに遊べるんだ」と、これまでの先入観が消え、否定的な意見が出なくなりましたね。
やはり言葉で「医療的ケア児でも遊具で遊べます」と言っても、なかなか伝わりません。映像を見せることで反応が大きく変わり、自分にとってすごく良い発見になりました。
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「共通の楽しさ」を通じて、誰もが遊びに参加できる社会へ
タキザワ:田嶋さんがデザインされた遊具は、すでに多数の公園で導入されているんですか?
田嶋:はい。東京にある都立明治公園や滋賀・富山にある公園など、全140基が収められています。滋賀の公園では行列ができるほど並んでいて、すごく嬉しい光景でした。
実際に、遊び場では様々な子どもたちが遊んでいて、医療的ケア児だけでなく、赤ちゃんやお年寄、車椅子の方も自然に参加する風景を作ることができました。
私たちの遊具が公園に設置されたことによって、嬉しい出来事もたくさんありました。例えば、福井県にお住まいの寝たきりの女の子がいるご家庭では、子どもを連れて遊べる場所が非常に少なく、家と施設を往復する日々を送っていました。富山県の公園に私たちの遊具が設置されたことで、遠出をして遊びに行ってくださったんです。移動だけでも大変なのに、わざわざ遊びに来てくれたという連絡をもらって、人々の行動変容にも繋がったことがすごく嬉しかったです。
他にも、ダウン症のお子様がいる方のなかには、周囲に気を使ってしまうがゆえに公園に出るのが億劫と感じるケースも少なくありません。私たちの遊具が世の中に発信されたことで、私たちも当たり前に公園で遊んでいいんだと思えたといった声をいただきました。
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こうした世の中の「しょうがない」「仕方がない」と思われている当たり前は、更新できるものだと思っています。誰もが好きなように遊んで幸せを感じられるような優しい社会を、こういったプロセスの中で育めると私は信じています。
タキザワ:今後の目標について教えてください。
田嶋:「遊び」を通して、健常な子どもと医療的ケア児が共通に楽しめる選択肢を増やし、寛容な社会を作っていきたいです。そのために、まずは医療的ケア児との出会い方を変えたいです。病院や施設で出会うのではなく、例えば、公園でブランコを覗いたら医療的ケア児が遊んでいるといった境界線を溶かした社会のあり方を実現することが大事なのではないかなと思っています。
また直近では「揺れる」に近い要素を持つ「滑る」にも挑戦しています。「滑る」は体の傾きや動きを認識する前庭覚と呼ばれる感覚で、これらが備わっていないと、仮に子どもたちが寝たきりの生活から元気よく遊べるようになっても車酔いしやすく遠出ができない可能性があります。遊びを通じて自然に感覚が育まれることに、大きな可能性を感じています。
タキザワ:ぜひ今後に期待したいですね。楽しみにしてます。
インクルーシブデザイン 一歩目の踏み出し方
タキザワ:ここからは壁打ちのコーナーにいきたいと思います。田嶋さん、タキザワと壁打ちしたいテーマを教えてください。
田嶋:社内でインクルーシブデザインを実践する方法について、タキザワさんにぜひ聞いてみたいです。大企業であれば、インクルーシブデザインを取り入れる土壌が整っているケースが多く、時間やお金をかけられる印象があるのですが、中小企業に所属する若手デザイナーは厳しいのではないかと思っています。再現性をもってインクルーシブデザインに取り組める環境を作るにはどうしたらよいでしょうか。
タキザワ:なるほど、難しいですね。インクルーシブデザインの取り組みは、企業文化に大きく左右されますね。研修を通じてインクルーシブデザインに対する社員の視座を高めたり、新たなプロジェクトチームを作って、インクルーシブデザインを取り入れた開発プロセスを構築したりするのが1つのアイデアかなと思います。
プロダクトに自信のある会社であれば、現状のプロダクトを障害のある方にも使ってもらい、課題を洗い出して改善していくことも良いかもしれません。イノベーティブな新しい製品を生み出さずとも、インクルーシブなプロダクトが開発できると思います。
他にも、展示会やアワードに出すというスケジュールを先に決めてしまい、逆算してプロダクトを作っていく方法もありうるかなと思います。
中小企業であれば、共同開発も良いですね。弊社では、レベニューシェア、ロイヤルティ型で共同開発を進めるケースも多いです。
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田嶋:インクルーシブデザインを取り入れた枠組みを社内にどう構築するかですね。インクルーシブデザインは、通常の開発プロセスに比べて、課題や解決策を見出すのに時間がかかると思います。社内の承認プロセスで多くの方が苦労しているのだろうと想像しているのですが、タキザワさんだったらどのように対応されますか?
タキザワ:同業他社の先行事例があればそれを見せたり、成功事例を共有したりすると伝わりやすいと思います。
あとは、キーマンを巻き込むこと。現場に呼んだり、映像を見てもらったりすることも、弊社では積極的に取り組んでいます。
開発プロセスをどんどん世の中に公表することも1つの手ですね。映像にまとめたプロジェクトを社内イントラで発信し、興味や共感をもつ社員を仲間として増やしていくだけでなく、広報としてニュース記事やコラムを出してみる。そうすることで、簡単にはやめられない状況を作り上げてしまう作戦もありますよね。
田嶋:ありがとうございます。自分の取り組みと共通している部分もあり、間違っていなかったんだという安心にもつながりました。
タキザワ:最後に、今後の展望について教えてください。
田嶋:私たちのプロジェクトに共感してくださっている方のなかには、敷地面積やお金など様々な理由で遊具を買えない方がいます。そういった方々にどう私たちの遊具を届けていくか、新しい仕組みづくりについて考えています。引き続き普及に向けた活動をがんばっていきたいですし、タキザワさんにもまたご相談できたらと思っています。
タキザワ:では、本日のゲストは株式会社ジャクエツの田嶋さんでした。ありがとうございました!
田嶋:ありがとうございました!
PLAYWORKS : INCLUSIVE DESIGN channel
https://www.youtube.com/@playworks-inclusivedesign
INCLUSIVE DESIGN Talk|ジャクエツ 田嶋宏行