INCLUSIVE DESIGN Talk|株式会社方角 方山れいこ
インクルーシブデザインの第一線で活動するゲストとPLAYWORKSタキザワが、インクルーシブデザインの価値や可能性について、対談形式で探究する「INCLUSIVE DESIGN Talk」。今回は障害のある社会をデザインで変える、株式会社方角 代表の方山れいこさんにお越しいただきました。駅の音を視覚化するデバイス『エキマトペ』や、聴覚障害者の求人サイト『Gratuna』など、聴覚障害者に寄り添ったデザインの裏側に迫ります。
「楽しそう」を基準に、障害者が企業を選ぶ時代へ ─ インクルーシブデザインを手がける「方角」が見出す、デザインの価値
『エキマトペ』が、インクルーシブデザインとの出会いに
タキザワ:簡単に自己紹介をお願いします。
方山:美術大学を卒業後、デザイン制作会社でデザイナーをしていました。2020年3月頃から転職活動を始めたのですが、ちょうど新型コロナウイルス感染症が流行し始めて転職できなくなってしまい……。悩んだ末、フリーランスとしてWebサイトやアプリのデザインを始め、2021年1月に株式会社方角を設立しました。そこから『エキマトペ』のグラフィックデザインを手掛けたことをきっかけに、インクルーシブデザインの道に進んでいきました。2023年1月には、聴覚障害者に特化した求人プラットフォーム『Gratuna(以下、グラツナ)』を立ち上げる予定です。
タキザワ:ありがとうございます。インクルーシブデザインとの出会いがエキマトペだったということですが、そちらについて詳しく教えていただけますか?
方山:もちろんです。エキマトペは、駅のアナウンスや電車の音など環境音を文字や手話、オノマトペで視覚的に表現する装置です。
きっかけは、富士通、東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)、大日本印刷(以下、DNP)の3社が、2021年の7月に川崎市立聾学校でワークショップを開催したことからでした。「未来の通学は、どうなっていたらいいと思う?」とお題を出したところ「手話付きのモニターが駅に設置されてたら嬉しい」という意見があって。「それはいいね。じゃあ実現させましょう」ということでエキマトペプロジェクトが立ち上がり、わずか2ヶ月と急ピッチで開発を進めました。
タキザワ:富士通は駅の音情報を視覚化するシステムを担当されていますが、DNPはフォント周りですか?
方山:はい。DNPは「感情表現フォントシステム」という、感情や話題に合わせたフォントを表示する技術を持っています。例えば、誰かが「天ぷら」と発すると、和風フォントで「天ぷら」という文字がすぐに表示されるんです。そのシステムを応用して、駅構内に流れるリアルタイム放送を感情フォントで表示しています。「本日はご利用ありがとうございます」というアナウンスであれば、キラキラとしたフォントに変換してくれるんです。
タキザワ:JR東日本は、駅構内の設置場所を提供していますよね。
方山:そうですね。エキマトペは、自販機の上に設置しています。そもそも駅構内に新しく物を設置することは、すごく難しいらしいんですね。自販機の上であれば位置が高くて、かつ人に埋もれることもありません。見やすさという観点からもこの場所が採用されたと聞いています。
タキザワ:方山さんは、エキマトペのデザインや手書きアニメーションなどを担当されていらっしゃったんですよね。
方山:はい。それまでは、インクルーシブルデザインのことを知らなければ、障害者の方と触れ合う機会も全然なくて。富士通のプロジェクトチームと一緒に仕事をしていたのですが、メンバーの中にはろう者の方もいらっしゃって、その方はもちろん他の当事者の方からもデザインに関してフィードバックをいただきながら制作していました。今までのグラフィックデザインとは進め方が異なることに驚きを感じつつも、純粋に楽しい仕事だなと思っていましたね。
実際に2021年9月13日から15日までJR巣鴨駅で実証実験を行ったところ、わずか3日間にも関わらず、すごくSNSで話題になったんです。今までにないやりがいを感じて、もっとこういった仕事に取り組みたいと思い、インクルーシブデザインの道に進みました。
世の中になかったものを“短期間”で生み出す、大変さ
タキザワ:実証実験として、プロダクトを世に出すことは大事ですね。とはいえ、いろいろと大変だったこともあると思います。一番苦労したことや壁にぶつかったと感じたところは?
方山:そうですね。やっぱり世の中になかったものを短期間で作ることは難しかったです。エキマトペを見た人がどんな反応を示すのか、不安もありました。概ね好意的な反応をいただけたのですが、中には「もっとこうした方がいいよね」「なんでこうしないの?」などといった意見もありましたね。
タキザワ:そうですよね。普段から多くの方が利用している巣鴨駅や上野駅のホームに、得体の知れないものが設置されていたら目立ちますよね。しかも、遠くから見ても非常に大きいですし。実際に、川崎市立聾学校の生徒はエキマトペを見ることができたんですか?
方山:残念ながら、コロナ禍で巣鴨駅の実証実験には見に来れなかったのですが、代わりに巣鴨駅の近くにある大塚ろう学校の生徒と思われる方が何も知らずにエキマトペと遭遇したようで。すごくびっくりした様子でしたが、とても喜んでいました。その様子を見て、思わず涙が出そうになってしまって。本当に良かったと思いますね。
タキザワ:いい話ですね。では、他に手がけられているプロダクトをご紹介いただいても良いですか?
方山:はい。自動車の部品メーカーであるアイシンと共に『YY雰囲気カメラ』というアプリを手掛けました。これはエキマトペの生活版のようなアプリで、映像から流れる音や音楽、笑い声などを、文字や色、イラストなどで可視化できます。このアプリがあればテレビや動画の視聴、雑談などを楽しめるのですが、先日行われた展示会では、絵本の読み聞かせにも使われていて。YY雰囲気カメラで字幕を出しながら、目で見ても、耳で聞いても楽しめる。そういった使い方はすごく面白いですね。
タキザワ:なるほど。たしかに面白いですね。
方山:エキマトペをご覧になったり、YY雰囲気カメラを利用したりしてくださった方から「今まで活字の世界だけで生きてきたけれど、オノマトペのような面白いアニメーションが現れて生活に潤いが出た」というお声もいただいて。単純な字幕は少し堅苦しいからこそ、生活の隙間に入り込むような余白のあるアニメーションがあってもいいんじゃないかなと感じます。
タキザワ:聞こえる・聞こえにくいに関係なく楽しめる、いいアプリですね。
「障害者」対「企業」は、本当に良い採用マッチング?
タキザワ:2022年11月、方角は聴覚障害者のための求人サービス『グラツナ』を2023年1月にリリースすると発表しました。そちらについても、ぜひ詳しく教えてください。
方山:グラツナは、聴覚障害当事者と企業がスムーズにマッチングできる体制を整えようと立ち上げた求人サービスです。
聴覚障害者との交流が増えるにつれて、一言で聴覚障害といっても、人によって様々な違いがあることを知りました。そこに対して、私たちは配慮できているのだろうかとずっと考えていたんですね。
既存の障害者求人プラットフォームを見ると、「障害者」対「企業」のように扱われ、「障害者」が一つの大きな括りとされてしまっています。あまりにも障害の種類が多すぎて、一人ひとりの症状にあった配慮がなされているかわからない。だからこそ、自分にあった企業に出会いにくい現状があるのかなと感じていました。
実際に、障害者の離職率は非常に高いと言われているんです。やはり企業と出会ったタイミングでお互いに知りたい情報が共有されていないがゆえにギャップが生じてしまい、結果的に離職に至っているのではないかと感じました。この現状を打開するために、聴覚障害者にターゲットを絞り、本当に必要な情報を掲載した求人を公開してマッチングを促進させようと、求人サービスの立ち上げを決めました。
タキザワ:これまでのデザイン事業とは全く異なりますね。
方山:そうですね。現在は求人の公開のみですが、2023年3月には就業前の基礎知識研修を行う「受入準備プログラム」や、就業後も企業向けに適切な配慮と適宜アドバイスを行う「アフターサポートプログラム」などのローンチも予定しています。ゆくゆくは斡旋も行っていきたいですね。
求人表には、当事者のヒアリングを元にした聴覚障害者の専用テンプレートを掲載する予定です。例えば「手話ができる人は何人いるのか?」「障害への配慮はどのようなことを行っているか?」「選考方法は何で行っているか?」など、求人を出す企業がそのテンプレートに情報を記入していきます。
タキザワ:なるほど。これは、求人を出す企業側の姿勢も問われますね。例えば、手話ができる人がいなければ「手話0人」と書かなければいけない。透明性が担保されていて、すごくいい仕組みだなと思います。
方山:障害者の方はこれまでたくさん苦労されてきていて、かつ社会に適応せざるを得なかった経験もお持ちだと思うので、これからは企業を選ぶ立場であってほしいと思います。タキザワさんがおっしゃったように、聴覚障害者に配慮していないと「手話0人」と書かなければいけないこともあるのですが、そういった選び方があってもいいのではないか、というのがグラツナからの提案です。
タキザワ:面白いですね。ちなみに『グラツナ』という名前の由来は?
方山:グラツナは「Gravity(引力)でつながる」の略です。障害者の場合「この企業、面白そう」「やってみたい仕事がある」などといった直感でつながるよりも前に、障害に配慮しているか、お互いに理解し合えるかなどの段階で選考が行われてしまうことが多いと思います。もし事前にそれらの情報が共有できていれば、「楽しそう」「面白そう」といった直感で仕事を選べるようになるのではないか。そうなることを願って『グラツナ』にしました。
多様性を受け入れる「マインドセット」が整っているか?
タキザワ:ここからは「タキザワとの壁打ちコーナー」と題して、方山さんからいただくテーマに対してブレストしていきます。壁打ちのテーマを発表いただいてもいいですか?
方山:テーマは「スタートアップが多様な仲間を作るにはどうしたらいいか?」です。方角にも聴覚障害者のメンバーがいるのですが、一緒に働いているからこそ新しい発見もあったと思っています。企業がいかに多様な仲間を作るか、タキザワさんの考えを聞いてみたいです。
タキザワ:そうですね。多様性って、いろいろな価値観が存在していて、みんな大事にしているものが違う。だから、面倒くさいんですよね(笑)。まず、その前提を理解することがすごく大事な気がしていて。
方山:ぶっちゃけますね(笑)。
タキザワ:多様な仲間を集めることはもちろん素晴らしいけど、それが何を意味するのかをきちんと向き合って考えないと、チームとしてお互いに助け合える関係まではいかないと思います。みんなが「多様性ってめんどくさいけど、新しいものが生まれる可能性もある。だから一緒にやりたい!」というマインドセットを持ち、本音を言える関係性になってはじめて、多様性のあるいいチームになれる。そのプロセスのデザインが肝になってくるのではないでしょうか?
方山:すごい面白い話ですね。「多様性が大事」と言うことは簡単だけど、実際はめんどくさい。だけど、それを乗り越えた先にちゃんと価値が待っている。いい言葉を聞きました。
タキザワ:ありがとうございます。そろそろお時間が来てしまったので、最後に今後チャレンジしてみたいことについて教えていただけますか?
方山:最近、ディスレクシアと呼ばれる読字障害に関心を持っていて。文字が曲がって読みづらかったり、特定のフォントが見づらかったり、そういった障害を抱えている方が実はたくさんいるのではないかと感じています。それらを解決するソリューションとして、グラフィックデザインからアプローチできることがあるのではないかと考えています。
タキザワ:誰にとっても見やすく読みやすいフォントとして「UDフォント」がありますよね。たしかに、いろいろな研究を重ねてつくられていると思うのですが「UDフォントを使っておけば、とりあえずOK」みたいな風潮に少し違和感を感じていて。ディスレクシアをテーマにした時に、UDフォントとは異なる、見やすさを追求したフォントもあると思っているので、私自身もすごく興味があります。
方山:そうですね。私の知り合いに「明朝体が読みづらい」という方がいて、その方は「これは脳の個性だ」と仰っていたんです。すごく素敵な表現だなと思いました。UDフォントだからといって、必ずしもみんなが読めるというわけではない。だからこそ、自分にあったフォントを選べるような世の中になるのがいいんじゃないかなと思っています。
タキザワ:エキマトペも、文字があったり、手話があったり、オノマトペやイラストがあったりと、いろんな選択肢がある。自分にあったものを選べることは、一つのポイントかもしれないですね。では最後に、本日の感想など聞かせていただければと思います。
方山:本日はとても楽しい時間を過ごすことができました。自分のこれまでの取り組みが整理され、考えていることの言語化もできたように思います。どうもありがとうございました。
タキザワ:エキマトぺのさらなる展開、グラツナの今後など、ご活躍を楽しみにしております。本日のゲストは、株式会社方角の方山れいこさんでした。ありがとうございました!
PLAYWORKS : INCLUSIVE DESIGN channel
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