INCLUSIVE DESIGN Talk|株式会社Halu 松本友理

インクルーシブデザイントーク 株式会社Halu 松本友理

インクルーシブデザインの第一線で活動するゲストと PLAYWORKSタキザワが、インクルーシブデザインの価値や可能性について、対談形式で探究する「INCLUSIVE DESIGN Talk」。今回は乳幼児向けインクルーシブブランド『IKOU』を運営する、株式会社Halu代表取締役の松本友理さんにお越しいただきました。2022年3月、松本さんは障害の有無に関わらず使えるキッズチェア『IKOU ポータブルチェア』の予約販売を開始しました。そこで、開発に至った背景やインクルーシブなプロダクトを広めるための工夫、今後の展望などお聞きしました。

障害児と健常児の隔たりがない社会へ ─ 持ち運べる「キッズチェア」を起点に、インクルーシブな社会を拓く

ものづくり経験を活かし、障害の垣根を超えるブランドに挑戦

 

タキザワ:簡単に自己紹介をお願いします。

松本:新卒でトヨタ自動車(以下、トヨタ)に入社し、10年ほど車の商品企画に携わっていました。トヨタの仕事はとても好きで、毎日充実していたので正直、起業を考えたことはありませんでした。

ところが、息子が脳性麻痺という障害を持って生まれてきたことをきっかけに、日々の生活の中で様々な課題があることに気づき始めたんです。自分のものづくりの経験を生かして、それらを解決できないかと思い、株式会社Haluを設立しました。

タキザワ:具体的にどのような課題を感じられていたのでしょうか。

松本:健常児を対象とした製品を、障害のある子どもが使おうとすると必要な機能が揃っていなくて使えないことがありました。また障害の有無によって、生活や遊び、学びなどの場所が隔てられており、障害のある子どもとそうでない子どもの交流機会もほとんどありません。これらがお互いの物理的・心理的な隔たりを助長させているのかなと感じていたんです。

この課題を解決するため、障害の有無という垣根を越える乳幼児向けインクルーシブブランド『IKOU』を立ち上げました。

タキザワ:なるほど。息子さんの出産がきっかけだったんですね。現在、取り組んでいるプロダクトについてもご紹介いただけますか。

 

松本:はい。最初に開発したプロダクトは、持ち運び可能なキッズチェア『IKOU ポータブルチェア』です。デザインコンサルティングファームIDEOのメンバーと一緒にプロダクトデザインを考案し、自動車関連のメーカー協力のもと、設計から開発までを行いました。

一人では座位を保てない障害児が使えるように、骨盤の位置を整える座面形状にしたり、背もたれと座面の角度を保ったままシートを後方に傾けられる「ティルト機能」を搭載したりと、様々な工夫を施しています。また、持ち運びを可能にしたことで、ピクニックや一部のレストランなど障害児専用の福祉機器が整備されていない場所にも気軽に行けるようになりました。

タキザワ:金額面でも工夫されていることはありますか?

松本:障害児専用の福祉機器は、1台約40万円と非常に高額です。身体障害者手帳があれば補助金を使って1割程度の負担で購入はできるものの、申請から入手するまで半年ほど時間がかかります。

そこで、IKOUのポータブルチェアは、障害の有無に関わらずどなたでもオンラインで購入できるようにしています。金型による量産にチャレンジし、価格は税込49,500円で販売。注文いただければ、すぐにお届けすることが可能です。

 

悩み抜いて実現した、シンプルな設計

 

タキザワ:IKOU ポータブルチェアを開発する前は、松本さんも障害児専用の福祉機器を使われていたんですか?

松本:そうですね。障害児専用の福祉機器がないと、障害のある子どもは正しい姿勢で食事ができないため、非常に大事なものでした。ただ、障害児専用の福祉機器は大きく、とても重いので、外に持ち運べないという課題もあったんです。

例えば、レストランに行きたいと思っても、SNSやWebサイトなどで店内の広さや椅子の形状などを綿密にチェックしてからじゃないと出かけられなくて……。機能面は優れている一方で、それだけでは解決できない課題もあるなと感じ、開発にチャレンジしました。

 

タキザワ:なるほど。実際に既存の椅子を使ってみて、どうにかしたいと思ったんですね。

松本:ユーザーヒアリングでも、旅行の際に持ち運びできる椅子がほしいという声が多く挙がっていました。温泉旅館であれば、部屋でご飯をゆっくりと食べることなどが醍醐味だと思うのですが、障害児専用の福祉機器がなければずっと子どもを抱きかかえた状態でご飯をあげなければいけません。

タキザワ:確かに、人生において食事シーンの体験をより良くすることは大事ですよね。IKOU ポータブルチェアの開発は相当大変だったのではないでしょうか。

松本:そうですね。デサインを決めるのに1年ほど、実際にプロトタイプを作って世に出すまでに2年ほどかかりました。

タキザワ:プロダクトを開発する上で、どんなことが大変でしたか?

松本:いかにシンプルな設計を実現するか、が一番難しいところでした。オーダーメイド品ではないため、ある程度汎用性のあるプロダクトを作らなければなりません。座位を安定させるティルト機能の搭載は外せない、障害を持つ子どもが座れる椅子を目指したいけれど、完璧に作ろうとすると今度はコンパクトに収納できないなどの問題が生まれる……。足し算と引き算の加減が難しかったです。シンプルな構造の実現に向けて、設計者の皆さんと共に夜遅くまで考えていました。

 

ポータブルチェアで、障害児と健常児が触れ合う機会を創出

 

タキザワ:世界的に有名なデザインコンサルティングファームであるIDEOと一緒に開発を進められていましたが、何かつながりがあったのでしょうか。

 

松本:はい。IDEOでマネジングディレクターを務めている野々村さんが、トヨタ時代の先輩でした。彼の活躍を追ってIDEOについて調べている中で人間中心のアプローチやデザイン思考を追求していることを知りました。IDEOで働く皆さんであればこのプロダクトがいかに必要とされるものなのかを理解してくれるのではと思いを募らせて……。

野々村さんからも「デザイナーは世の中にポジティブな変化を起こすことに情熱を燃やしている人たちだから、プレゼンしてみたら」とポジティブな言葉をかけてもらったんです。実際に話を聞いてもらったデザイナーの方々からも「ぜひ一緒にやりたい」と共感が得られました。この出会いがなかったらポータブルチェアは生まれていなかったので、すごく感謝しています。

タキザワ:すごい!運命的な先輩がいたんですね。実際に、IDEOのメンバーと共に開発する中で大変だったことはありますか?

松本:大変だったというよりも、非常に学びが多くて。大きな発見だったのは、トヨタでのものづくりと全然違うアプローチを取っていたことです。

トヨタでは、過去のデータに基づいて仮説を立て、それが正しいかどうかユーザーテストで検証していました。ところがIDEOでは、何もない状態からユーザーの話をじっくり聞いて観察し、そこで得られた気づきからアイデアを作っていました。ダンボールなどで試作品を次々と作り、ユーザーに試してもらうことを繰り返す。そんなアプローチでものづくりをすることは初めてで、すごく刺激的でした。

タキザワ:確かに、マス向けのプロダクトだと定量的なデータに基づいて開発に取り掛かることが多いですよね。 

松本:もう一つ印象に残ったのは、ユーザーヒアリングでした。ある程度の人数を確保して意見を聞く必要があると考えていたのですが、最初のユーザーヒアリングは、たったの5組。どういった生活をしているのかなどユーザーを理解するところから始まり、深く掘り下げていく。その過程で見えてくることがこんなにあるのだと気づかされました。

タキザワ:なるほど。現在、ポータブルチェアはどのように展開されているのでしょうか。

松本:障害の有無に関わらず、あらゆる子どもを歓迎する姿勢を表すシンボルとして、商業施設などへの導入も進めています。インクルーシブデザインが目指すのは、マイノリティを起点により多くの方にとって価値あるものだと知ってもらうこと。子ども向けの施設やレストランなど様々な公共の場に実装していくことで、健常児がいるご家族にも、インクルーシブなプロダクトの存在を知ってもらえたらと思っています。

 

タキザワ:導入を進めるにあたって、工夫されていることはありますか?

松本:そうですね。やはり障害のある子どもだけでなく、健常児にも使えることを理解してもらわないと、なかなか導入に結びつかないところがあって。障害児向けと思われてしまうと、「うちにはなかなか障害のある子どもが来ないから、必要ない」と思われてしまうんです。そうではなく、どの子どもにも使える椅子なのだと理解していただくことが大事だと思っています。

この椅子があることで、障害のある子どもたちが足を運べる場所が増え、自然と同じ空間にいて、お互いが触れ合うようなきっかけが生まれる。そういったきっかけづくりは、すごく大事だと思っています。

 

ベビー用品の選択肢の一つに、「IKOU」を

 

タキザワ:さて、タキザワとの壁打ちコーナーに行きたいと思います。お題をいただいてもよろしいでしょうか。

松本:タキザワさんが色々なプロジェクトに関わる中で、障害のある方のみならず、より多くの人に価値を感じてもらえるプロダクトを創出するために心がけていることがあれば、ぜひ教えていただきたいなと思います。

というのも、インクルーシブデザインを社会実装するためには、持続可能なビジネスとしての確立も必要になると感じているから。また、インクルーシブデザインはあくまでアプローチに過ぎず、障害者だけでなく、より多くの方にとって価値を生むものであることが理想的だと思います。言うは易く、行うは難しだなと我ながら感じているのですが、いかがでしょうか。

 

タキザワ:社会課題領域は課題が明確で、かつ人々の共感も得られやすいため、アイデアを考えることは簡単だと思います。ただ、それらを社会実装することはすごくハードルが高いです。アイデアを考えたり、プロトタイプを作ったりしただけでやめてしまうと、期待していた人々を裏切ることになる。だから、最後までやりきらなければいけない、と私自身も肝に銘じています。

松本:やりきることはすごく大事ですね。当事者の方だけでなく、より多くの人々にもいいねと思ってもらえるニーズを、タキザワさんはどのように見つけられていますか?

タキザワ:弊社PLAYWORKSでは、プロジェクトの初期に身体障害者をリードユーザーとしてチームメンバーに迎え入れています。初めは身体障害者の課題や実現したいことに寄り添った開発を進めながら、どこかのタイミングで高齢者や外国人などプロダクトやサービスの価値を展開できるような人も巻き込んでいっています。

そこで違う視点での価値を発見し、別のビジネスが生まれる可能性を感じたら、それはそれでOKだと捉えています。もちろん、身体障害者の課題解決のために始まったプロジェクトなので、ご協力いただいた方々の期待に応えられないことは申し訳ないと感じています。だからこそ、しっかりとコミュニケーションを取りながら、次に繋げられるようにしています。

やはり、目の前に困ってる方がいると「その方のために何か取り組まないと」という思いが強くなり、視野が狭くなってしまいがちです。ただそうなってしまうと、その人にとって良いものが生まれても、ビジネス的には難しくなってしまったり、価値を発揮するシーンが限られてしまったりすることもあります。そのあたりのバランスを取りながら、進めるようにしていますね。

松本:ありがとうございます。インクルーシブなプロダクトが当たり前に使われる世の中を作っていくためには、プロダクトを開発できる企業と一緒に取り組むことも、すごく大事だなと思います。

タキザワ:そうですね。最後に、今後実現したいことについて教えてください。

松本:IKOU ポータブルチェアを海外展開していきたいです。障害者の法定雇用率を見ると、日本は目標として2.3%が提示されている中で、ヨーロッパは約5%です。障害者雇用は、日本よりも欧米の方が進んでいるので、ポータブルチェアにおいても、もしかしたら海外の方が需要が高いのではないかと思っています。現在はできるだけ早く海外に進出できるよう、特許や認証などの準備を進めています。

最終的にIKOUが手がけるプロダクトが、障害のある子どもがいる家庭だけでなく、より多くの家庭で「ベビー用品の一つとして当たり前の選択肢になるブランド」として受け入れてもらえたら嬉しいです。そうすれば、きっと障害の有無という垣根を今よりもなくすことができるのではないかと思っています。

 

タキザワ:そういった社会をいつ頃までに実現したいなど、目標はありますか?

松本:今年6歳を迎える息子が社会に出るまでに、イキイキと生きていける社会を実現したくて、日々仕事と向き合っています。なので、残り約10年で描いているビジョンを達成していきたいですね。

タキザワ:がんばらないとですね!

松本:そのためにもまずは、私たちが足元で成功事例を1つでも多く作り、企業の方々にも見せていくことが大事だと考えます。インクルーシブデザインに携わる方々と一緒に、インクルーシブデザインを当たり前のものにしていけたらいいなと思うんです。タキザワさんとのコラボもできたら嬉しいですね。子どもや親子向けのプロジェクトが多い私たちと、視覚障害や聴覚障害の方々とのプロジェクトが多いPLAYWORKSさんで面白い掛け合わせができたら嬉しいです。

タキザワ:ぜひコラボできたら嬉しいです!
それでは、本日のゲストは株式会社Halu代表取締役の松本さんでした。ありがとうございました!

 

 

PLAYWORKS : INCLUSIVE DESIGN channel

https://www.youtube.com/@playworks-inclusivedesign

 

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