REPORT|FRAGRANCE DIALOGUE ワークショップ

インクルーシブデザイン コラム フレグランス・ダイアログ ワークショップレポート

PLAYWORKSでは、障害者など多様なリードユーザーとの共創からイノベーションを生み出す「インクルーシブデザイン」に取り組んでいます。2023年10月25日、フレグランスデザイナー Harunaさん、言葉のデザイナー 加来幸樹さんと開催した、「フレグランス・ダイアログ」ワークショップの様子をレポートします!

香りを体験し、視覚障害者と晴眼者が対話する

「フレグランス・ダイアログ」は、視覚障害者と晴眼者が特定のテーマに沿って用意されたフレグランスを体験しながら対話し、インスピレーションの共有やアイデアの共創などに活用することができます。
PLAYWORKS株式会社、株式会社サインコサイン、株式会社Selenophileが共同で企画開催した今回のワークショップでは、リードユーザーである視覚障害者2名と、参加者(晴眼者)の計8名が参加。「冬」のインスピレーションあふれる3つの香りを体験して、チームでの共有と対話を通じて、「この冬の作戦名」を言葉にしました。
 
ワークショップのプログラムはこちら

  • 視覚障害リードユーザー・参加者の自己紹介
  • 3つの香りの「体験」と「対話」
  • 「この冬の作戦名」の制作・発表
  • 感想の共有

 

自己紹介からスタート

まずは、ワークショップの最初に自己紹介。年齢や職業もさまざまな参加者が集まり、中にはインクルーシブデザインに関わるのは初めてという方も。
多様な価値観を持つ8名によって、どんな共創が実現されるのか楽しみです。今回の視覚障害リードユーザーは、こちらのお二人。
 
加藤 健人

視覚障害リードユーザーの加藤さんが席から立って自己紹介をしている。

1985年生まれ、福島県出身。元ブラインドサッカー日本代表。小学3年生の時にサッカーを始める。高校生の頃から徐々に視力が低下し、目が不自由な現実を受け入れられずに悩んだ時期もあったが、両親の協力もあり19歳の時にブラインドサッカーと出会う。2007年から2021年まで日本代表として、ア­ジア選手権や世界選手権など様々な国際試合­に出場。現在は、子­供から大人までブラインドサッカーの体験会­や講演など、さまざまなイベントやメディア­に出演している。

白井 崇陽

視覚障害リードユーザーの白井さんが、点字ディスプレイを入力している。

1984年生まれ、愛知県出身。プロバイオリニスト。3歳で視力を失い、現在は全盲。両親の協力で始めたバイオリンを続け、現在は全国各地で演奏を中心に活動している。「情感豊かに心を包み込む暖かい音色は、歌そのもの」と言われるほどの演奏力を誇る。その他にも、学校での講演(トーク&ライブ)・舞台音楽への参加・アニメやゲーム音楽のレコーディング・ラジオパーソナリティ・囲碁など、活動の幅を広げ続けている。

 

ワークショップの流れを説明

自己紹介タイムが終わると、サインコサイン代表の加来さんから「フレグランス・ダイアログ」ワークショップの目的と流れについて共有されました。

ワークショップ風景。瀬間さんが参加者に向かって話をしている。

加来さん:今回は「冬」をインスピレーションさせる3つの香りをご用意しました。
香りの種類や名前は最後まで発表しないので、香りだけを体験して、そこから感じたことや連想したことをメンバーと対話してみてください。そして、香りからもたらされた感情やイメージをもとに「この冬の作戦名」を考えます。この冬をどう過ごすかを考えて、最後にみんなで発表しましょう!
「作戦名を考える」と説明を受けても、最初はピンときませんが、香りを体験すればわかってくるのでしょうか…?

フレグランスデザイナーの瀬間さん。手にはフレグランスの瓶とムエットを持っている。

Selenophile代表のHarunaさんからは、香りの重要性について説明されました。
Harunaさん:普段から香りが身近な存在であるという方も多いと思います。香りの刺激が脳に到達するまでにかかる時間はわずか0.2秒にも満たないといわれているんです。目に見えない香りですが、人間は思ったよりもその存在に左右されて生きています。そして、目に見えないからこそ視覚情報にとらわれず、香りを中心に視覚障害者と晴眼者との共創があるはずです。
フレグランス・ダイアログで大事なことは、「この香りが何の香りか?」という正解を探すことではなく、香りから受けた印象や自分自身の素直な気持ちを言葉にすること。香りには正解も不正解もないので、周りに合わせる必要はありません。自分にとって何が心地よいかのを探してみて、そこから浮かんだことを言葉にしてみてください。

 

インスピレーションあふれる3つの香りの「体験」と「対話」

さっそく、ワークショップの本題である香りの「体験」と「対話」がスタート。参加者に香りから受けたインスピレーションや感情を言葉にするシートと、「ムエット」と呼ばれる香水やアロマオイルなどの香りを試す際に使われる棒状の紙が配られます。
リードユーザー1人+参加者3人の2チームに分かれ、香りを体験しながら、感じ取ったことを記入していきます。どんな香りの体験ができるのか、ワクワクしてきました…!

テーブルに置かれたワークシート。香りの感想や、私のこの冬の作戦名を書くスペースがある。

 

1つ目の香り

ムエットについた香りを嗅ぐ参加者。

最初に配られた香りは柑橘系のような爽やかな香り。この香りを体験することで呼び起こされる「感情」「風景」「色」「音」「時間」「オノマトペ」などを言葉にしていきます。
私自身は1つ目の香りを体験して「どこか懐かしさを感じる、夕方のやさしい香りだ」と感じましたが、ほかの参加者は「運動した後に嗅ぎたい香り」「長時間嗅いでいるのはちょっとキツい」など、さまざまな感想を持っていました。
同じ香りでも、時間が経つと印象が変わっていくのも面白いところ。香りを嗅ぎすぎて、だんだんと鼻が麻痺してくる感覚もあるので、そんなときは自分の手や服の匂いを嗅いで、リセットするのがいいのだとか。

ムエットについた香りを嗅ぐ視覚障害リードユーザーの白井さん。

香りを体験したら、「自分にとって、この香りがどんな香りか?」について対話をしていきます。
「家を掃除したい」「もっと癒しがほしい」「難しいことを忘れて、すっきりしたい」など、同じ香りを体験しても、まったく違った自分のなりたい像や心の内に秘めた願いが少しずつ浮かび上がってきました。

 

2つ目の香り

2つ目は鼻に少しツンとくるような、清涼感のある香り。他の参加者からは「ダンディーな男性の雰囲気」「気味が悪い」「深夜の雰囲気」などの感想が出てきます。
同じ香りでも、シーンや人物像、時間帯など最初に想起するものがまったく違うので、対話していると「同じように思った」とうなずくときもあれば、「そのイメージはなかったけど、言われてみれば…」といったように新たな視点が生まれる瞬間がありました。

ムエットについた香りを嗅ぎながら対話する参加者と視覚障害リードユーザー。

また、視覚障害リードユーザーの香りの感想も、晴眼者と同じようなことが多く、視覚情報が異なっていても、香りは同じように体験しているということも改めて実感しました。

ワークシートの2つめの香りの感想をペンで記入している。

2つ目の香りを言葉にしていくと、1つ目との共通点が見えてきたり、自分のなりたい理想像や願望がより具体的になったりと、香りの体験がどんどん楽しくなってきました。

 

3つ目の香り

最後の香りが配られると、サインコサインの加来さんから「最初の3分は言葉を発せずに、自分だけで香りと向き合ってください」と指示がありました。
対話して意見を交換することも大切ですが、誰かの意見に耳を傾けすぎると、本来の自分の感想が薄れてしまう感覚もあったため、黙々と香りについて考える3分間はとても貴重でした。

ワークシートを見ながら対話する参加者と視覚障害リードユーザー。

香りについて考えたり、言葉にするのも慣れてきたからか、3分間の沈黙の後に対話がスタートすると、参加者の皆さんからは言葉が溢れ出します。

香りの感想を共有する参加者と視覚障害リードユーザー。

自分が感じた素直な気持ちや感覚を言葉にするのは、普段は少し照れくさくもありますが、ワークショップという場で、香りという共通のテーマがあるからこそ、いつもより積極的に対話ができたのかもしれません。
ワークショップが進むにつれ、参加者の皆さんの笑顔が増えていく姿が印象的でした。

 

体験した香りから「この冬の作戦名」を考える

3つの香りの体験が終わると、香りから受けたインスピレーションや気持ちをきっかけに浮かび上がってきた「自分がなりたい理想像や願望」をもとに、「私のこの冬の作戦名」に落とし込んでいきました。
「今よりもっと、〇〇する」という文脈で、この冬の目標を作戦名にするのですが、ゼロから考えるのは思ったより難しい… そこで、普段から企業のキャッチコピー制作やブランディングに携わる加来さんが「作戦名を作るコツ」を教えてくれました! 言葉のプロからキャッチコピー作りのコツが聞けるのも、今回のワークショップの醍醐味でした。

作戦名についてアドバイスするカクさん。

加来さんから教えてもらったコツを頼りに、作戦名作りがスタート!
それぞれの参加者が3つの香りから受けた「自分自身がなりたい理想像や願望」を見てみると、その人の現状や日々抱えている悩みが見えてきて、「自分はこんなことを考えていたのか」と改めて自分を見つめ直すきっかけになります。

ワークシートに、インスピレーションを受けた香りに、赤ペンで丸をつけている。手前には3つのムエットが無造作に置かれている。

コツを教えてもらったとはいえ、やはり作戦名を作るのには苦戦しました…! 制作中も加来さんからアドバイスをもらいながら、一人ひとり自分自身の作戦名に向き合います。
ワークショップの冒頭では、「作戦名」という言葉にピンと来ていなかった参加者も、こうして香りを通じて発見を繰り返すと、少しずつ「自分だけの作戦」が見えてきたようです。
作戦名ができたら、3つの香りの中で特にインスピレーションを受けた香りに丸を付けて、制作タイム終了です!

 

それぞれの「この冬の作戦名」を発表

参加者の皆さんが作った作戦名を発表していきます。それぞれの「らしさ」が出た作戦名をご覧ください。

この冬の作戦名を発表する女性参加者。

 

  • 「一人暮らしを、自分らしく」作戦
  • 「大人の余裕は、自分でつくる」作戦
  • 「冬は無理せず、振り返る」作戦
  • 「もっと遠くへ、もっと広がる」作戦
  • 「まっしろ、まっさら、まっすぐ」作戦
  • 「前進、全振り、全ツッパ」作戦
  • 「熱を心に、寒い朝を」作戦
  • 「シャキっとクリアに、目を覚ませ」作戦
  • 「慌てず、焦らず、大人の余裕」作戦

 

この冬の作戦名を発表する男性参加者。横ではカクさんが手に持ったムエットを嗅いでいる。

ちなみに、それぞれの香りの名前は、1つ目の香りが「スイートオレンジ」、2つ目の香りが「ユーカリ」、3つ目の香りは「シダーウッド」だったのだそう。
全員が同じ香りを体験したはずなのに、そこから生み出された作戦名は十人十色。視覚障害の有無に関わらず、香りを通じて自分と向き合った時間が、参加者の冬を彩る素敵な作戦名へと姿を変えました。

 

ワークショップの感想を共有

最後に、「フレグランス・ダイアログ」ワークショップの感想をシェアしていきました。

  • 香りを言語化するのは初めてでしたが、徐々に自分の内なる気持ちが出てきたのを感じました。頭で考えていたこととは違う、本当の自分の気持ちがわかって、作った作戦名を胸に、春に向けて頑張ろうと思いました。
  • 香りと向き合うなかで、自分と同じ感覚がある人もそうでない人もいて、すごく面白かったです。香りから言葉を書き出してみると、自分の気持ちに直結していることに驚きました。自分のライフステージの変化も作戦名に現れていて、改めて自分に向き合うきっかけになりました。
  • 普段は年齢的に香りのイベントに参加するのはハードルが高かったのですが、今回は視覚障害というテーマもあり、思い切って参加できました。すごく楽しかったので、これからは自分の気持ちに素直に行動していきたいです。

 

参加者全員に感想をシェアする視覚障害リードユーザーの加藤さん。

  

「フレグランス・ダイアログ」ワークショップまとめ

「フレグランスを体験しながら対話し、視覚障害者と晴眼者が共創する」をテーマに開催された「フレグランス・ダイアログ」ワークショップ。香りの体験や対話に集中していたからか、2時間半もあっという間でした。私自身、視覚障害リードユーザーとリアルな場でお会いするのが初めてで、失礼のないコミュニケーションができるか不安に思いながら会場に訪れたのが、正直なところ。
しかし、香りという視覚情報にとらわれないからこそ、視覚障害リードユーザーともフランクにコミュニケーションが取れるようになり、香りを言葉にするときも、いつもより素直な気持ちを表現できたように思います。
また、目が見える状態と見えない状態では、香りの受け取り方も違うのかと思いきや、案外自分と同じような感想を持たれており、私自身が勝手に作っていた壁が、自然と取り払われていくような気持ちになりました。
香りという目に見えない抽象的な感覚を、言葉という具体的なものに落とし込んで行く工程には、周りの誰かの意見に影響されてしまったり、逆に自分の感覚を拡大して言葉に当てはめてしまったりと、翻弄されるような難しさを感じます。
その一方で、苦戦しながらも香りを通じて自分に向き合っていくうちに、周りとのコミュニケーションも建前のないフラットなものに進化していくように感じ、この感覚の先に新たな共創が生まれるのかもしれないと感じられたワークショップでした。

 

 

文:目次ほたる(めつぎ・ほたる)

都内在住のフリーライター。家事代行業、スタートアップ企業の経理事務、ライターアシスタントなどを経て、2019年に独立。現在は、生き方や社会課題、地域の魅力発掘など幅広いジャンルで、取材記事やエッセイなどを手掛けている。SNSでは、「ままならない日々を心地よく耕す」をテーマに発信中。

ライター 目次ほたる

  

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